最新記事

脳科学

謎の大富豪が「裸の美術館」をタスマニアに造った理由

2017年6月19日(月)17時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

MONAサイトより

<型破りな美術館MONAは何が違うのか、なぜ記憶に残るのか。脳科学が解き明かす、顧客に忘れられないためのビジネス戦略>

 あなたは美術館の作品を裸で鑑賞したいと思ったことがないだろうか。オーストラリアのタスマニア州にあるミュージアム・オブ・オールド・アンド・ニュー・アート(MONA)を訪れれば、そんな気持ちにさせられるかもしれない。MONAは非常に革新的な美術館で、財務の健全性を毎年改善しながらも、美術の世界の慣習をつぎつぎと打ち破っている。典型的な美術館は地上にあるが、これは地下に建てられている。典型的な美術館はアクセスしやすいが、これは孤島の田舎に立地している。そしてMONAに入場するためには、長い階段を上ったり、大理石の円柱のあいだを歩いたりする必要はない。入口は、テニスコートの先にある。

 従来の美術館には展示品についてのキャプションがあるが、MONAにはいっさい付けられていない。さらに、標識や矢印など、正しい鑑賞ルートについての情報もない。おまけに、作品は時系列に並べられているわけでもない。そして奇抜な作品のオンパレード。ぺちゃんこにされた赤いポルシェの彫刻、腐りかけた牛の死体の彫刻、どのページも真っ白な本ばかりを集めた図書館など、実にユニークだ。美術館の壁の色は白が標準だが、来館者の期待を裏切るかのように、壁は黒で統一されている。

 オーストラリアのある雑誌はMONAについて「失われた古代都市ペトラと深夜のベルリンを混ぜ合わせたような雰囲気」だと評した。この美術館のテーマはセックスと死という大胆なもので、タスマニアの州都ホバートの謙虚で礼儀正しい住民からは想像もつかない。さらなるスリルを味わいたい人のためには、夜の9時以降に素っ裸での「ヌーディスト用」ツアーが準備されている。護衛もガイドも服は着ていない。

 美術に対するこの型破りなアプローチは、デイヴィッド・ウォルシュという謎の大富豪にして数学の天才が企画したものだ。2007年、ウォルシュはギャンブルで大儲けして一躍有名人になるが、その儲け方がユニークで、ジェームズ・ボンドのような色仕掛けではなく、一種の応用数学を利用した。数学の学位取得を目指して勉強しているとき、無茶さえしなければカジノで儲けることは可能だと彼は気づいた。結局のところカジノでは胴元が儲かる仕組みになっているが、多額の現金を元手にすれば、利益は小さくても大きなリスクをかけずに、ある程度の金儲けができるのだ。ウォルシュは資金を提供してくれるパートナーを見つけ、アルゴリズムを書き出してから、コンピューターを使った競馬予測で成果を確認した。

 やがて莫大な財産を築くと、彼は病弱な子ども時代からの内気な性格を克服し、「本当の自分を隠すのはやめよう」と決心する。その結果、風変わりな趣味を世の中に公開し、みんなに鑑賞してもらうことにしたのである。

【参考記事】危うし、美術館!(1): 香港M+館長の電撃辞任は中国の圧力か

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

民主社会主義者マムダニ市長のNY、金融街は競争力へ

ワールド

米、40空港で運航10%削減へ 政府機関閉鎖で運営

ワールド

UPS貨物機墜落、ブラックボックス回収 地上の犠牲

ワールド

米運輸省、7日に4%の減便開始 航空管制官不足で=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 10
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中