16歳の心を掴みたい──『ヘドウィグ』を生んだジョン・キャメロン・ミッチェルの悩める日々
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1990年のこと。ミッチェルはロバート・シェイ監督の青春映画『BOOK of LOVE/あの日の恋』に端役で出演することになった。「小児性愛もSMもジョークのネタにする、ゲイ嫌いの若者の役」だった。監督に役柄の感想を聞かれたので、ミッチェルは「僕はゲイなんです。だからあんなキャラクターは不愉快です」と正直に答えた。するとシェイ監督は考え込み、ミッチェルの役を書き換えたという。
「10年後、シェイが『ヘドウィグ』の舞台を見て目に涙をため、『映画化を後押しする』と約束してくれた。そして僕に監督を任せ、製作費を全額調達してくれた。『君があのときゲイだと率直に打ち明けてくれたから』だと言っていたよ」
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でも最近は、小粒な映画に製作費が回らなくなった。今やインディーズ系監督の活躍の場はネットフリックスだが、ミッチェルはオンデマンドの動画配信サービスになじめない。昔の若者は同じ文化を同時に共有することで、インディーズの映画を盛り上げた。「今の若者は地味な映画の公開日に映画館に詰めかけたりしない」。それが残念だと、ミッチェルは言う。
10年には『ラビット・ホール』を監督した。交通事故で一人息子を失った夫婦を描いた作品で、主演のニコール・キッドマンはアカデミー賞にノミネートされた。
キッドマンと再び組んだのが、人気SF作家ニール・ゲーマンの短編を基にした『パーティで女の子に話しかけるには』(17年)だ。舞台は70年代のイギリスで、パンクの少年(アレックス・シャープ)が異星人の少女(エル・ファニング)と恋に落ちる話。キッドマンはバンドのマネジャーを演じた。
大好きなパンクロックだけを救いに生きる冴えない少年が偶然出会った不思議な魅力を持つ美少女ザンとの逃避行を描く『パーティで女の子に話しかけるには』 EAN ROGERS, COURTESY OF A24
SFとコメディーとロマンスを織り交ぜ、異星人を交えた3Pのシーンもある。要するに大ヒットは見込めない。それでも製作できたのは、原作者ゲーマンとキッドマンの人気のおかげだとミッチェルは言う。評価は分かれたが、もともと評論家のために作ったわけではない。「むしろ16歳の女の子の心をつかみたい。作品を多感な年頃の子に気に入ってもらえるのは、いつでもうれしい」
『ヘドウィグ』は今もLGBTの若者の心をつかんでいる。彼のインスタグラムには、日々感謝のメッセージが寄せられる。「でも、彼らを相手に商売して儲けようとは思わない」
金にも栄誉にも勝る喜び
今になって『ヘドウィグ』の楽曲を中心としたソロ公演『オリジン・オブ・ラブ』を引っ提げ、6〜7月にオーストラリアを巡業したのには訳がある。母親がアルツハイマー病と診断されたのだ。収益の大半は医療費に回すという。
ファンに母親の医療費を持ってもらうのは、少々皮肉な話だ。元教師の母親は「保守的でお堅い」と、ミッチェルは苦笑する。「最終的にはよさを認めてくれたけど、『ヘドウィグ』も下品だと思っていた」(ちなみに父親は陸軍少将だ)。
日本や北米を回る話もあるが、当面は別のプロジェクトで忙しい。1話30分、全10エピソードのミュージカル『アンセム』を制作し、ポッドキャストで配信するのだ。ゲストにパティ・ルポーンやグレン・クローズら実力派を迎え、年内に配信を始める予定だ。
ミッチェルによれば、内容は「自伝的なもの。『ヘドウィグ』からトレードマークのカツラを取った感じ」だとか。もちろん黒字は期待できない。
「パンクの流儀で仕事を選べば浮き沈みは激しい。大金にもアカデミー賞にも縁がない。でもトルコやインドネシアの人が『あなたの作品を見て人生が変わった』と言ってくれる。これに勝る喜びはないよ」
[2018年9月18日号掲載]