コラム

危機管理ではリアルな訓練をもっと重視すべきではないのか?

2012年04月06日(金)11時15分

 今回の「爆弾低気圧」では、首都圏の「帰宅難民」問題はそれほど深刻にならずに済んだようです。企業の多くが「帰りの足が心配だから」と従業員に帰宅を促したこと、鉄道の運休に関する判断が柔軟に行われたことなど、多くの点で一年前の震災の教訓が生かされたのだと思います。

 これは震災というリアルな経験により、危機対応への経験知が蓄積されたということなのだと思いますが、経験知の蓄積は何もホンモノの天災を待たなくても可能だと思います。それはリアルな訓練を積み重ねるということです。

 危機に対する訓練というと、どうしても真剣味に欠けるきらいがあります。例えば天災の「記念日」に訓練を行うというのは、どこか儀式性が感じられて私には不真面目に思えます。例えば、首都圏では9月1日の防災の日に火災訓練が行われ、訓練の様子が報道されるわけです。勿論、これは関東大震災の記憶を新たにするという意識的な部分もあるのかもしれませんが、地震にしても大火にしても、実際には「抜き打ち」で起こるのですから、訓練も抜き打ちで行う方が効果的でしょう。

 もっと言えば、訓練というのは「上手く行った」と安心するために行うというよりも、「ここが問題だ」とか「実際はこの避難経路ではダメだ」という気づきをする、そして避難計画をより現実に即した有効なものにしてゆく、そんな真剣勝負であるべきだと思うのです。

 例えば、東日本大震災を教訓とするために、昨年は多くの沿岸部の市町村で大津波警報を想定した避難訓練が行われています。ですが、訓練に対する報道は行政の発表を鵜呑みにした表面的なものが多いのが気がかりです。想定外のどんなことが起こったのか? 訓練の結果として避難計画の変更をすべき点はどこなのか? そもそも市民を巻き込んだ訓練はどの程度の参加率だったのか? そうした真剣な観点からの報道は少ないようです。これでは何のための訓練であるのか分からないことになります。

 私は日本での仕事の際にホテルに宿泊することがあるのですが、その際に火災や地震の避難訓練に遭遇することがあります。不満なのは、多くの場合に訓練は消防署と従業員だけで行われてしまい、その際に在室している宿泊客は「訓練ですから大丈夫です」ということで「逃げなくて」構わないという運用がされるのです。私は「客は焼け死んでも良いのか」と内心ちょっとだけ思うのですが、勿論、昨今の「消費者には逆らうな」的風潮の中では、宿泊客を巻き込んでの訓練というのは大変なコスト高になってしまうのかもしれません。

 こうした問題にこそ、行政による規制というのがあって良いのだと思います。客はカヤの外においておいて「警報がうるさくてすみません」などとホテル側が謝るというのは筋違いだと思うのです。客の側としては、次にそのホテルに宿泊した際に震災に遭遇する可能性は低いので、直接的なメリットは感じないかもしれません。ですが、実際に宿泊客を動かしての訓練をしておくのとしないのとでは、危機の際には大きな差が出るのではないかと思うのです。

 訓練が重要ということでは、原発の問題も気がかりです。例えば、今回は関西電力大飯原発の3号機と4号機の定期点検明けの稼働が問題になっていますが、ストレステストがどうとか、暫定基準がどうとかいう「机上の空論」ばかりで、後は政治的駆け引きというのでは、社会的な安心感は確保できないように思います。

 この問題に関しては、住民を巻き込んだ大規模な避難訓練をやってみたらいいのです。全電源喪失を想定し、代替電源もダメで3号機も4号機も冷温停止に失敗して、お釜の底抜けと格納容器内の圧力上昇が危険な状態になったという想定から訓練をスタートするのです。その際に、問題になったSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)システムを実際に動かしつつ、「北西風の強いタイミングで、水フィルターを通さない線量の高い蒸気を大気中に放出しなくてはならなくなった」という事態を想定し、発電所と行政は一連の動作のシミュレーションを行うのです。

 その場合は、住民の避難も行うべきです。福島の教訓に従って、同心円と放射性物質飛散地域の二重の地図を描いて、その圏内の人々は例えば特養のお年寄りなども含めて避難訓練を行うのです。

 そんな非常事態は、福島第一の「マーク1」より世代のずっと新しい大飯3号機・4号機では有り得ないという声もあるでしょう。また、直感的な不安感情や技術への不信感を持つ人は、お釜が水蒸気圧で吹っ飛ぶ事態が最悪であり、そこまで想定しないのは不誠実だという難癖をつけるかもしれません。ですが、日本の社会は福島での貴重な経験を持っているのです。ですから、福島で起きたことをまず再現する訓練をすることで、大飯の場合の地理的な特性とか、コミュニケーションのシステムなどをチェックすることは、現実に危機に対応する人と組織を試すということで意味があると思います。

 真剣に訓練を行えば、マイナーなものから大きなものまで、色々な問題点が出るでしょう。そうした問題点を洗い出して一つ一つ潰して行くのです。そして、それが経験知となってゆくのだと思います。電力会社と地元が共同作業でそうした問題点を潰してゆくことで、再稼働が可能な状況を作っていけばいいのです。安全確保というのは実践であり、政治ではないのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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