コラム

9.11テロ後、グアンタナモ収容所に14年拘束された『モーリタニアン 黒塗りの記録』

2021年10月28日(木)19時00分

ジョディ・フォスターが弁護士役で話題 『モーリタニアン 黒塗りの記録』(C) 2020 EROS INTERNATIONAL, PLC. ALL RIGHTS RESERVED.

<アメリカ同時多発テロの首謀者のひとりとしてグアンタナモ収容所に拘禁されている間に書いた『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』の映画化>

ケヴィン・マクドナルド監督の新作『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、モハメドゥ・ウルド・スラヒがアメリカ同時多発テロの首謀者のひとりとしてグアンタナモ収容所に拘禁されている間に書いた『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』の映画化だ。2015年に出版された原作は、アメリカでベストセラーになり、世界20か国で刊行された。モハメドゥの拘禁は14年2か月に及び、2016年10月に釈放された。

2500か所を黒く塗りつぶされた手記

モハメドゥの手書き原稿は、出版までに2度の編集が行われている。まずアメリカ政府が検閲して2500か所を黒く塗りつぶし、それから原稿を託された人権運動の活動家/ライターのラリー・シームズが整理・統一した。出版された手記に黒く塗りつぶされた部分が散見されるのはそのためだ。

この手記には、祖国モーリタニアで拘束され、ヨルダン、アフガニスタンを経てグアンタナモで拘禁されたモハメドゥの体験、時期的には2000年から2005年に至る出来事が綴られている。それを忠実に映画化すれば、舞台も視点もかなり限定された物語になっていただろう。だが、マクドナルド監督は、手記の内容だけでなく、グアンタナモの外で起こっていたモハメドゥの運命を左右しかねない動きにも注目している。

具体的には、公益のために無償で弁護を引き受ける法律家チームのナンシー・ホランダーが、2005年に初めてモハメドゥと面会し、裁判も開かれないまま拘禁されている彼を救済するために、人身保護請求の準備を進めていた。一方、モハメドゥをなんとか起訴したい政府や軍も動きだし、海兵隊所属の検察官スチュアート・カウチ中佐が担当に任命され、証拠固めを行っていた。

本作では、そんな動きも視野に入れ、モハメドゥ、ナンシーとカウチの三者を中心に物語が展開していく。この三者の思惑が絡み合っていく構成は、見方によっては大胆な脚色ともいえる。原作で編集を手がけたシームズのはしがきによれば、モハメドゥは、弁護士との面会が実現してから間もなく、2005年の夏から初秋にかけて独房で手記を書き、それは機密扱いとなってワシントンに近い保安施設にしまい込まれた。

4,203,200_.jpg

『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』モハメドゥ・ウルド・スラヒ著、ラリー・シームズ編、中島由華訳(河出書房新社、2015年)

「無実かは関係ない。拘禁の不当性を証明するだけ。同情は不要」

しかし本作では、ナンシーとの面会を重ねながら、2009年に行われる人身保護請求の審査に向けて、断続的に手記が書きつづけられ、内容が次第に核心に迫っていく。その一方で、カウチが、起訴するに足るだけの確かな証拠を求め、異なる立場から核心に迫ろうとする。もし、サスペンスの要素を強調するためだけにこのような脚色が施されたのであれば、いささか強引とも思えるところだが、そこには別の狙いがある。それを明確にするためには、ふたつの点に注目する必要がある。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 7
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 8
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 9
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 10
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story