コラム

台湾めぐる「戦略的曖昧さ」と「戦略的明確さ」、実際にリスクを高めるのは?

2022年05月24日(火)17時34分

1979年に米中関係が正常化された際、台湾に対するアメリカの立場は台湾関係法で定められた。台湾に防衛的武器を提供するとともに、台湾の人々の安全、社会・経済システムを危うくするような力に対抗するアメリカの能力を維持することが約束された。しかし「中国が侵攻してきた場合、台湾を防衛する約束をしていないのは明らかだ」(クラーク氏)。

歴代の米大統領がこの「戦略的曖昧さ」を伝統的に維持してきたのは、台湾問題を巡りアメリカが中国との戦争に巻き込まれるリスクを回避したいからだ。2001年にジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)は台湾への50億ドル武器売却を承認し、台湾防衛のため「必要なことは何でもする」と発言したが、その後、中国との関係を強化するため、この立場を和らげている。

「戦略的曖昧さ」は中国の拡張主義を助長するだけ?

経済的な米中逆転が目前に迫る中、「戦略的曖昧さ」は中国の拡張主義を促すだけだという反省が米国内でも強まってきた。ドナルド・トランプ米大統領時代、台湾との防衛・安全保障協力を強化する国防権限法が可決されるなど、アメリカは台湾への支援を強化している。しかしアメリカの安全保障パートナー国の立場は微妙だ。

台湾問題を巡って米中が敵対し、アメリカか中国かの二者択一を迫られるのを避けるため「戦略的曖昧さ」を望む東アジアの国々も少なくない。昨年3月、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(当時)は少なくとも27年までに台湾への脅威が顕在化すると証言している。

中国は今のところ24年の台湾総統選を注視している。アメリカが台湾防衛という「戦略的明確さ」をとれば、台湾独立派が勢いづき、中台関係の緊張が一段と増すかもしれない。

ウクライナの場合、「戦略的曖昧さ」というより、核戦争を回避するため直接軍事介入はしないという「戦略的明確さ」が侵攻を思いとどまらせるという抑止力を帳消しにしたとの見方もある。しかしロシア軍のウクライナ侵攻は、ポスト冷戦の国防・安全保障環境を一変させた。これまでの常識が通用しなくなったのだ。

道徳的な正義に重きを置くバイデン氏はウラジーミル・プーチン露大統領を「人殺しの独裁者」「悪党」「戦争犯罪人」「虐殺者」と呼んできた。バイデン氏は3月のワルシャワ演説で「責められるべきはプーチン氏だ」「この男は権力の座にとどまらせてはいけない」と体制転換を目指すとみなすことができる発言をした。

体制転換にゴールを引き上げると戦争の終わりが見えなくなる。このためホワイトハウスは火消しに追われた。しかし今、重要なのは「戦略的曖昧さ」と「戦略的明確さ」のどちらが中国の台湾侵攻というリスクを軽減できるのかを慎重に分析することだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米2回目の関税交渉、赤沢氏「突っ込んだ議論」 次

ワールド

原油先物が上昇、米中貿易戦争の緩和期待で

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時500円高 米株高や円安

ビジネス

丸紅、26年3月期は1.4%の増益予想 非資源がけ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 9
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 10
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story