アステイオン

書評対談

太陽の塔、自決、そして現在...平野啓一郎に聞く「戦後日本社会と三島由紀夫」

2025年10月29日(水)11時00分
平野啓一郎+中西 寬(構成:置塩 文)

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写真はすべて河内彩撮影

平野 ユヴァル・ノア・ハラリなどを読む人が増え、また移民も増えてきたら、19世紀から続いてきた国民国家が昔のような考えでは成り立たなくなってくる。そして、三島の言う「からっぽな」国を考えるとき、国家の歴史認識や文化をどのように研究し維持していくのかというのは大きな問題だと思います。

中西 国民国家の枠組みは今でも人々の意識を強く規定していて、民主体制も国民国家としての一体性を前提にしてきました。

しかし、例えば現在のアメリカの分断の背景の1つに歴史論争があるのは周知のとおりです。グローバル化のなかでアイデンティティや文化的伝統がどう位置づけられるのか。これは日本でも回答がない問題で、その辺の意識が改めて三島に対する関心とつながっているところはありますね。

平野 人に考えるための刺激を与えてくれる作家として、今も重要な存在だと思います。僕のこの本『三島由紀夫論』がこれほど分厚くなったのはまさにそのためです。

僕自身は三島から大きな影響を受けながらも政治的な立場は全く反対になってしまって、三島を批評的に克服していくことが自分の1つの思想的な課題にもなりました。三島は克服しがいのある作家ですし、時代状況を含めて考えても非常に興味深く読めると思います。

中西 三島は生涯をかけて戦後昭和という時代への違和感と格闘し続けましたが、同時代には十分理解されなかったようです。戦後社会の前提が根本から揺らいでいる今日こそ、三島の作品に込められた意味が明らかになり、迫真性を伴って迫ってくるのかも知れませんね。


[注]
(*3)「このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。」(産経新聞寄稿、1970年7月)


平野啓一郎(Keiichiro Hirano)
1975年生まれ。小説家。京都大学法学部卒。1999年、在学中に「新潮」に投稿した『日蝕』で第120回芥川賞受賞。著書に『マチネの終わりに』『ある男』『本心』、評論に『三島由紀夫論』など多数。最新小説は短篇集『富士山』。2025年夏、過去7年間に書いた文学論・芸術論を収録した最新エッセイ集『文学は何の役に立つのか?』、新書『あなたが政治について語る時』を刊行。

中西 寬(Hiroshi Nakanishi)
1962年生まれ。京都大学大学院法学研究科教授。専門は国際政治学。著書に『国際政治とは何か──地球社会における人間と秩序』(中公新書)、『戦後日本外交史』(共著、有斐閣)など。


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