「イギリスがカーストをつくった」という見方もある。だが、これは誤りだ。とくにカーストとヒンドゥー教の関連性や不可触民問題を否定する立場から聞かれる主張だが、イギリスが支配する以前から、被差別集団の存在は歴史資料で確認することができる。
また、紀元前5世紀にはバラモンを頂点に4階層からなるバラモン教が存在した。同じく紀元前5世紀頃のカースト身分に反対する思想と運動は、仏教誕生のきっかけとなった。
ここまで一通りの説明をしてきたが、私たちのような他地域に住む者にとって、カーストは分かりづらい。なぜなら、カーストは人と人との関係性を意味する抽象的な概念で、タージ・マハルやインド料理のように、具体的な姿かたち、味覚を通してイメージすることは難しいからだ。
筆者も調査を始めたばかりのころ、知識として知ってはいたが、実生活でカーストが「見える」機会を捉えることができなかった。実際、カーストに対する意見はインドでも実にさまざまだ。
「カーストをほとんど意識しない」「インドにカーストはない」と語る人がいる一方で、意識せざるを得ない人もいる。それはダリト(※現在、「不可触民」は差別語として忌避されているため、代わりに彼らが自称するダリトと呼ばれることが多い)の人びとだ。ダリトの人口はおよそ2億人(全人口の16.6%、2011年国勢調査)に及び、日本の人口を上回る規模である。
インド憲法では、カーストの存在そのものではなく、カーストによる差別を禁止している。第15条「宗教、人種、カースト、性別または出生地を理由とする差別の禁止」のなかで、カーストが宗教や人種などと並記されている。
差別解消のために、政府、NGO、そしてダリト自身によってさまざまな努力が行われてきたが、その慣習は消えず、移民した各国でも問題化している。
ダリトに一定の割合で優先的に大学の入学枠や、公務員の採用枠、中央・州政府の議席を与える留保制度と呼ばれる政策がある。
これは、社会的に不利な立場に置かれた人びと(人種、民族マイノリティや女性など)へ公正な機会を提供するためのアファーマティブ・アクションに類する措置で、他国にもみられる。ダリトの人びとが留保制度の優遇を受けるためには、カースト証明書の提出が必要になる。
したがって、インドでは完全に身元を隠し通すことは困難だ。留保制度はダリトの支援に大きな成果をもたらしてきたが、このような政策を通してカースト的区分が個人のアイデンティティの一部となり、カースト意識を持続させることにもつながっている。
このような中、ダリトの特に若い世代のアクティビズムが広がりを見せている。スマートフォンを駆使して、草の根から現状を打破しようとする画期的な取り組みも登場している。