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芸術

写真集は写真だけを見るものではない?...「爆弾」と呼ばれた『フォトグラフィ』が示す写真集の「もう一つの姿」

2025年07月09日(水)11時00分
礒谷有亮(神戸大学大学院国際文化学研究科講師)

アール・ゼ・メティエ・グラフィーク社の写真集『フォトグラフィ』

Arts et métiers graphiques 16 (Photographie) (March 1930)  写真:筆者提供

まず読者の目を捕らえるのは、現代においてもなお新しく見える、その洗練された表紙デザインだ。黒一色の背景に白字で「PHOTOGRAPHIE」の文字が2列に整然と並ぶ。

これらの文字はサンセリフ体の「ウーロップ Europe」という書体で構成されている。無駄な装飾を削ぎ落としたサンセリフ体は、効率性や機能性といった機械化時代の理想を体現する書体デザインとして、この時代大いにもてはやされた。

題字の背後には灰色の影が伸び、背景の黒、文字の白と合わせて、本書に含まれる白黒写真の色調を暗示している。

綴じの特異さも目を引く。同書は一般的な書籍とは異なり、各ページの一長辺に多数の穴を開け、そこに針金を螺旋状に通すことで綴じられていた。

「スパイラル綴じ」と呼ばれたこの方式は、現代だとごく一般的なリングノートなどで用いられ、新奇さは感じられないが、実は『フォトグラフィ』出版の前年に初めて商標化された最新の方式だった。

金属を用い、機械部品を思わせる規則的な螺旋を描くこの綴じもまた、新時代に即したものとして考案された。

この写真集を手がけたのは、当時のフランスのグラフィック・アートや印刷出版文化の発展を牽引した出版社、アール・ゼ・メティエ・グラフィーク(AMG)社、そしてその代表を務めたシャルル・ペニョである。

ペニョは19世紀から続く活字鋳造会社、ペニョ社の跡取りであり、まさにフランスの印刷出版文化の心臓部に位置していた人物だ。その彼が同時代の進歩的なブック/グラフィック・デザインの粋をこらして作ったのがこの『フォトグラフィ』だったのである。

本書の印刷の質もその面目躍如といったところだ。『フォトグラフィ』では高品質な印刷技法であるグラビア印刷が用いられている。

この手法で刷られる写真はしばしば「触知的」とも言われるほどの立体的で豊かな黒のグラデーションを示す。大量のインクを贅沢に用いる印刷のため、ページをめくっていると、手が黒くなることもしばしばで、その「物」としての存在感はきわめて強い。

写真集とはただ写真を鑑賞するためだけのものと考えられがちである。しかしその実、写真集は出版された時代の写真動向だけでなく、芸術や思想、デザインの変化の潮流を示す重要な歴史的資料でもあるのだ。

こうした写真集は海外の古本サイトを探せば今日でも購入できる。知名度の低いものはかなりの安価で取引されており、名の知られたものでも一部を除けば「自分へのご褒美」的な値段で買える。実際、この時代の写真集の多くがクリスマス時期などの贈り物として宣伝されていたのは興味深い。

アートに関心のある読者諸氏はきっと多いに違いない。しかし実際に絵画や額装された写真作品を購入・所有するとなるとどうしてもその敷居は高い。それに対して写真集は比較的安価でありながら、「手に取れるアート作品」としての質を備えている。1冊いかがだろうか。


礒谷有亮(Yusuke Isotani)
大阪大学大学院文学研究科助教、京都産業大学文化学部助教を経て現職。博士(美術史、ニューヨーク市立大学)。専門は西洋美術史および写真史。特に1920〜30年代フランスの写真について研究。「紙面から壁面へ──両世界大戦間期フランスにおける写真の展示・受容形態の変遷について」というテーマで、サントリー文化財団2015年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。


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 Arts et métiers graphiques 16(March 1930)
 Arts et Métiers graphiques[刊]




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