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芸術

写真集は写真だけを見るものではない?...「爆弾」と呼ばれた『フォトグラフィ』が示す写真集の「もう一つの姿」

2025年07月09日(水)11時00分
礒谷有亮(神戸大学大学院国際文化学研究科講師)
アール・ゼ・メティエ・グラフィーク社の写真集『フォトグラフィ』

アール・ゼ・メティエ・グラフィーク社の写真集『フォトグラフィ』 Arts et métiers graphiques 16 (Photographie) (March 1930) : 68-69. 写真:筆者提供


<1930年にフランスで刊行された写真集『フォトグラフィ』。そこには約100年前の時代の変化が凝縮されていた>


写真集、という言葉を聞いて現代の私たちの多くが想像するのは、おそらくアイドルやタレントの写真集だろう。そこには下世話なものも往々にして含まれる。

そうした大衆的な写真集がある一方、写真集は写真家たちにとって写真展と並び重要な作品発表の場であるとともに、写真の歴史的発展や新しい写真動向の伝播を媒介する役割も担ってきた。その歴史は古く、写真が発明された直後の1840年代から写真集は存在している。

約2世紀にわたる写真集の歴史のなかで、美術史的・写真史的に重要かつ、出版物としての質および審美性ともに優れた作例が見られたのが1930年代のフランスだ。

この時代のフランスでは今日でも広く名の知られる写真家たちが多数活躍した。マン・レイ、ブラッサイ、ロバート・キャパ、ジェルメーヌ・クリュル、アンドレ・ケルテスなど、20世紀の写真を代表する綺羅星のごとき才能たちがパリに集結していた。

そのなかで歴史的に大きな役割を果たしたのが1930年に刊行された写真集、その名もずばり『フォトグラフィ』である。

この写真集は、ドイツや中東欧で1920年代後半に隆盛した、いわゆる「新しい写真」と呼ばれる近代的な写真の動向をまとまった形でフランスに紹介し、「爆弾」と称されるほどの衝撃を与えた記念碑的出版物として知られている。

ここに掲載されているのは、多種多様な実験的手法で撮影された写真である。

背の高い建造物の上から真下を見下ろす、あるいは地面近くから真上を見上げて撮影した写真、クローズアップで昆虫や植物の細部を克明にとらえた写真、印画紙の上に直接対象を起き、その影を定着させるフォトグラムや、複数の時空間のイメージを一枚の写真上で共存させる多重露光、あるいはポジではなくネガの色調でプリントするネガティヴ・プリントなどだ。

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