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「広島・長崎を描いていない」批判はあまりに的外れ...映画『オッペンハイマー』が「見せない」で「見せた」こととは?

2025年06月11日(水)11時30分
粥川準二(叡啓大学ソーシャルシステムデザイン学部准教授)

もし原爆を大気中で爆発させたら、大気中の窒素の不安定な原子核2個が衝突して「核融合」が起こる可能性がある。

そのとき大量のエネルギーが放出され、それが引き金になってさらなる大気中の窒素や海水中の水素──わずかながらも海水に含まれる重水素──が次々と衝突してさらなる核融合反応を起こし、その結果、地球規模の大爆発が起こる可能性がある。この核融合の連鎖は「熱核暴走(thermonuclear runaway)」と呼ばれ、後の水素爆弾につながる理論である。


オッペンハイマー「原子爆弾を爆発させると、連鎖反応が起こって、世界が破滅してしまうかもしれません」


オッペンハイマーはアインシュタインに計算して確かめるよう頼むが、アインシュタインはそれを断る。ベーテが計算しているならば、彼が真実にたどり着くだろう、とアインシュタインは言う。


オッペンハイマー「もし真実が悲惨なものだったら?」
アインシュタイン「ならばやめることだ。その結果をナチスに伝えなさい。そうすれば、どちらも世界を破滅させたりしないだろう」


立ち去ろうとするオッペンハイマーにアインシュタインが「ロバート」と声をかけ、紙を渡す。「これは君のだ。私のじゃない」

ベーテの計算により、連鎖反応が大気にまで広がる可能性は「ほぼゼロ」だとわかった。

オッペンハイマーらは結局、世界初の核実験であるトリニティ実験を決行する。彼らが開発した原爆は軍へと引き渡され、1945年8月6日、広島に投下される。

その直後、オッペンハイマーはロスアラモスの人々の前で演説する。そこでも彼は幻視をする。不穏な轟音と揺れ。悲鳴。皮膚が剝がれる若い女性。視界が真っ白になり、人々が消え、「死の灰」が降る。黒焦げの死体。泣き崩れる人々。酔って吐いているのだろうか、放射線被曝に苦しんでいるようにも見える男性......。

数週間後、オッペンハイマーらは原爆投下後の惨状をスライドで見る。人々は沈黙し、オッペンハイマーは目を背けてしまう。

ラストシーンは再び1947年のプリンストン高等研究所である。このシーンはカラー、つまりオッペンハイマーの回想として描かれる。

このときも風は強いが、雨は降っていないし、空は青い。しかし池の水面には波紋が広がっている。小雨が降り始めていたのだろうか。そしてオッペンハイマーとアインシュタインとの間の会話が観客にもやっと明らかになる。

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