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「広島・長崎を描いていない」批判はあまりに的外れ...映画『オッペンハイマー』が「見せない」で「見せた」こととは?

2025年06月11日(水)11時30分
粥川準二(叡啓大学ソーシャルシステムデザイン学部准教授)

この映画のファーストカットは、池の水面上に雨で広がる波紋である。これは後にオッペンハイマーが幻視する全面核戦争のイメージにつながることはいうまでもない。

その次のカットは、池の波紋をけわしい表情で見つめるオッペンハイマーの顔だ。これは間違いなく、1947年に彼がプリンストン高等研究所に赴任したとき、相対性理論で知られる物理学者アルベルト・アインシュタインと、池のほとりである会話を交わした直後の表情であろう。

その次のカットは雨雲と雨である。そこでオッペンハイマーは我に帰り、聴聞会の場面となる。つまりファーストカットを含むファーストシーンは、聴聞会中のオッペンハイマーの回想であった。

プリンストン高等研究所での1947年のオッペンハイマーとアインシュタインとの会話が、この映画で初めて描かれるのは、白黒のパート、つまりストローズの公聴会中での回想である。このとき、ストローズには2人の会話は聞こえないのだが、わずかに雷または強風の音がする。

アインシュタインの帽子が飛ぶほど風が強い。だが雨は降っていない。これから降るのだろうか。アインシュタインがオッペンハイマーとの会話を終え、ストローズのほうに向かってくる。ストローズはアインシュタインに声をかけるのだが、アインシュタインはそれを無視して通り過ぎる。

マンハッタン計画が始まったばかりの頃、科学者たちが集まっている中、後に「水爆の父」として知られることになるエドワード・テラーは「連鎖反応を計算していたら、かなり厄介な可能性を見つけたよ」と言い、紙を見せる。それを読んだ科学者たちは動揺する。

オッペンハイマーもそれを読んで驚き、物理学者のハンス・ベーテに「これを計算しておいてくれ」と言いつつ、自分はプリンストンに行き、アインシュタインに相談する、と言う。

プリンストン高等研究所で、オッペンハイマーはアインシュタインに会う。アインシュタインは数学者のクルト・ゲーデルと散歩していた。オッペンハイマーはアインシュタインに紙を渡す。アインシュタインはそれを読む。


アインシュタイン「これは誰の研究かな?」
オッペンハイマー「テラーの研究です」
アインシュタイン「君はこれをどう解釈する?」
オッペンハイマー「中性子が原子核に衝突し、放出された中性子が他の原子核に衝突し...」


オッペンハイマーはその様子を幻視する。


オッペンハイマー「臨界点、後戻りできない地点、巨大な爆発力...しかし連鎖反応は止まりません...」


アインシュタインは紙を読んでうなづく。


アインシュタイン「そして大気に引火するだろう...」


オッペンハイマーは、地球全体が炎に包まれる様子を幻視する。

テラーが「厄介な可能性」と呼び、アインシュタインが「大気に引火する」と表現したことは、以下のようなことだ。

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