アステイオン

書簡

正義と開かれた議論のための公開書簡

2020年07月17日(金)
アステイオン編集委員会

Eerik-iStock.

2020年7月7日、アメリカの「ハーパーズ」誌は、「正義と開かれた議論のための公開書簡」(A Letter on Justice and Open Debate)を公式サイト上で公開し、同誌10月号にも掲載した。この公開書簡は、「ル・モンド」「ディー・ツァイト」「ラ・レプッブリカ」などの欧米各紙でも転載され、大きな反響を呼んだ。自由な議論が、政府権力や急進的右派勢力だけではなく、みずからの信じる正義に賛成しない言論に沈黙や服従を強いる「リベラル」勢力によっても、脅かされていることを憂う内容で、ノーム・チョムスキーのような左派知識人、フランシス・フクヤマのような新保守主義者(ネオコン)、J・K・ローリングのような文筆家まで、150人以上におよぶ多様な立場の著名人が署名している。

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正義と開かれた議論についての公開書簡

われわれの文化的諸制度は、いま試練の時を迎えている。人種的・社会的正義を求める強力な抗議活動によって、かねてから求められていた警察改革への道が開かれ、高等教育、ジャーナリズム、公益事業、芸術などを含むあらゆる分野を、より平等で包摂的にすべきだという要求が広がっている。しかし、こういった悪弊の清算は必要だが、それによって新たな道徳的態度と政治的コミットメントの組み合わせを強化し、イデオロギー的同調圧力を強める一方で、開かれた討議と異なった見解への寛容という規範を弱体化させている傾向がある。われわれは前者の展開には拍手を送るが、後者には反対の声を上げたい。反自由主義的諸力が世界中で力を増しつつあり、民主主義の真の脅威であるドナルド・トランプが、そういった勢力の強力な同盟者となっている。しかしこれに抵抗する側が硬直化して、自身のドグマと強圧的態度に陥ってはならない。われわれが求める民主的包摂は、あらゆる勢力に忍び寄っている不寛容な風潮に反対の声を上げて、はじめて達成可能である。

自由に情報や意見を交換することは、自由主義的社会にとって活力の源泉であるが、それは日に日に圧迫されている。こういった圧迫は、急進的右派勢力の側から来ると思われてきたが、言論に対する口やかましい制限が、われわれの文化において広がりつつある。異なる意見に対する不寛容や公然たる侮辱や村八分が横行し、複雑な政策上の問題を独断的で道徳的な決めつけによって解決しようとする傾向が見られる。われわれは、あらゆる立場からの強靭な反論、辛辣な反論ですらその価値を認める。しかし、ある言論や思想が罪を犯していると判断されると、それにたいして直ちに厳罰を求める声を聞くことが、あまりにも多くなっている。一層困ったことに、さまざまな組織の指導的立場の人々が、被害が広がるのを抑えようとして、熟慮の上で改革を実行するよりも、均衡を失した処罰を早計に下していることである。編集者が物議を醸す論考を掲載したために失職し、書物は誤りを指摘されるとすぐに回収され、ジャーナリストは特定のテーマについて書くことを禁じられ、大学教員は授業で特定の文献を引用すると調査され、研究者は査読済みの研究を回覧したことで解雇され、組織の長は単なるぶざまなミスで時に解任される。各々の事例についてさまざまな議論はあろうが、その結果、報復のおそれなく発言できることの幅が、着実に狭まっている。そして著述家や芸術家、それにジャーナリストが、コンセンサスに従わなかったり、時にはそれに熱心に同意しないだけで生計の道を断たれることを恐れ、リスク回避的になっているという形で、すでに犠牲が生じている。

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