<ガザの青年は、かつての恩師に大事な言葉をもらった>

「壁の外」にいる我々は戦争のリアルを見ようとせず、「数」として捉えがちだ。しかし、戦場となっている場所には、どの死者にも名前や顔がある。

そのことを証明するため、戦場にいる自分たちの声と主張を、悲しみと不屈の希望を10年前から発信しているガザの若者たちがいる。

彼らが克明につづった、戦争のリアルな「内側」を集めたアンソロジーの邦訳『〈ガザ〉を生きる パレスチナの若者たち10年の手記』(原書房)に収録された手記から抜粋。この記事は、2015年の経験を記したもの。

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昔と同じ笑顔だった。抱きついて、お会いしたかったですと言いたかった。先生の授業、教わった知識、与えてくれた経験、みんな覚えてますと言いたかった。でもその前に聞いてみた。

「ぼくのこと、わかります?」

先生は目の前に立つ青年をじっと見つめた。そして「私の質問にすべて答えようとして、私を困らせた子だね」と言って再び微笑んだ。その笑顔で一気に記憶がよみがえった。

そうだ、先生はここベイトハヌーン(ガザ地区北東部)に住んでいた。ここは先生の家で、ほら、庭先には父親から受け継いだという立派な木がある。でも、その枝も今はどす黒い煤(すす)に覆われている。

言葉が出なかった。あの戦争がこの町を殺してしまった。私は心のなかでつぶやいた。

〈ここにはもう鳥もいないぞ。何度も来た場所なのに、まるで様子が違う。以前の先生は生徒たちが自分の人生を切り開けるように励まし、国の繁栄を願っていた。でも今の先生には何も残されていない。この土地も、遠い昔には立派な国家の一部だった。まだイスラエルなんて影も形もなかった時代のことだけれど〉

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久しぶりの再会をした恩師の目には涙が