傷の状態が悪化しても、イスラエル軍はマリクを救急車でガザ南部へ搬送する許可を出さなかった。南部でなら、もっと体にいい食べ物が手に入っただろうし、腰の破片を除去する手術も受けられただろう。

ヒンドが最も恐れていたことが現実となったのは24年3月16日のこと。シファ病院を攻撃していたイスラエル軍により、マリクが捕虜になったのだ。

「攻撃の前の日に彼と話した。ここ何か月間なかったくらいにふたりともたくさん笑ったわ。電話を切る前、マリクは通信状況がいいときにまたかけると約束してくれた。後で知ったのだけれど、イスラエル軍による包囲が私たちの予想より早くて、マリクには私に電話する時間がなかったの」

ヒンドは深い絶望に陥った。マリクの生死もわからないことが、彼女の心に重くのしかかった。マリクが消息を絶って25日が経ったころ、ヒンドと家族はイスラエル軍によってシファ病院から拉致されたパレスチナ人に関する報道を目にした。拉致された人々のものとされる身分証明書の写真のなかに、マリクの身分証が写っていた。

近いうちにマリクと再会できる可能性は、限りなくゼロに近い。でもヒンドは希望を捨てない。マリクへの愛はヒンドの支えだ。それを手放すわけにはいかない。「私のマリクは大丈夫よ。私の心が、そう言っている」

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サマ・アブシャイバ

Samah Abushaibah

今もガザに残り、既に10回以上の避難を余儀なくされた。いとこ3人が命を落としている。婚約者はガザ北部にいるが、イスラエルが北部を孤立させ「浄化」する作戦を進めているために脱出できない。オンライン授業で学位取得を目指している。

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〈ガザ〉を生きる パレスチナの若者たち10年の手記
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