午前4時20分、ついにトラックが到着した。歓喜の声が上がり、誰もがトラックに殺到した。私も、なんとか小麦粉の袋を手に入れることができた。
ところが、そこへ銃弾の雨が降ってきた。やつらは頭や上半身を狙っていた。大勢が撃たれ、血を流して死んでいった。医療班も救急隊もいない。まるで戦場だ。
1発の銃弾で2、3人が倒れた。負傷した人も、逃げ惑う人たちに踏みつぶされそうだった。私が犯した最大の過ちは、目の前で起きた大虐殺を記録するためのスマートフォンを持っていかなったことだ。小麦粉の袋を抱えていた若者のことは今も鮮明に覚えている。突然、戦車が前進してきて彼と小麦粉の袋を踏みつぶした。
あの日の光景が私の脳裏から消え去るには何年もかかるだろう。飢えたガザの人々の血が川のように流れていた。約130人が即死、その後の数日で死者はさらに増えた。負傷者は約800人、その多くが重傷だった。
混乱と惨状が続くなか、私は生き残るために必死で走った。幸運にも、小麦粉の袋を抱えたまま大虐殺を逃れることができた。急いでいたから父を待つことは忘れていた。あまりの疲労と、貴重な小麦粉を手に入れた喜びで頭がいっぱいだった。
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