日曜●Giselda Vagnoni Gabriel Stargardter Javi West Larrañaga Jemima Denham

[パルマ(イタリア) 31日 ロイター] - 3月22日の深夜、イタリア北部パルマ近郊のマニャーニ・ロッカ財団美術館に、ヘッドランプを装着した2人組の男が侵入した。こじ開けられた窓から館内に忍び込んだ犯人たちが壁から次々と取り外したのは、セザンヌ、ルノワール、マティスの作品だった。犯人らはわずか3分で、総額およそ900万ユーロ(約15億8800万円)相当の美術品を館外の共犯者へと手渡し、逃走。正門では、4人目の男が警報作動に合わせて消火器を噴射し、管理人の注意をそらしていた。

美術館を運営する財団のステファノ・ロッフィ館長は「起こり得る最悪の事態が、すべて起きてしまった」と振り返る。

この事件は、昨年のパリ・ルーブル美術館盗難事件以降、フランスやイタリア、スペインで相次ぐ美術館窃盗の一例に過ぎない。比較的警備体制の弱い地方や、中小規模の文化施設が、犯罪組織の新たな標的になっているとの懸念が高まっている。

文化遺産犯罪の研究者でスペイン・バルセロナ在住のマルク・バルセルス氏は、これを「ルーブル効果」と呼ぶ。「ルーブル美術館ほどの施設が狙われたのなら、地方の小さな美術館はなおさら狙いやすいと犯罪者は考えるのは想像に難くない」と語った。

実際に盗難事件は各地で発生している。8月にはシチリア島のアントネッロ・ダ・メッシーナゆかりの美術館で作品が盗まれ、その翌月にはフランス南部カーニュシュルメールで、ルノワール作品2点が持ち去られた。

スペインでも、バダホスやアルバセテの博物館から数百枚の歴史的金貨が盗まれ、アリカンテ近郊ビリェナでは青銅器時代の財宝が被害に遭った。

フランス文化省が2024年に実施した調査によると、緊急事態やリスクへの対応計画を備えている文化施設は全体の4分の1にとどまり、約半数は防犯カメラすら設置していなかった。

<イタリア特有の事情>

今年5月に公表されたフランス議会の報告書は、多くの美術館が文化財を保護するための資金や準備を十分に備えていないと指摘した。

イタリアでは課題がさらに大きい。同国の文化遺産は何世紀にもわたる分立統治の歴史を背景に、多数の町や施設へ分散しているためだ。国際博物館会議(ICOM)イタリア委員会のアントネッラ・ピンナ会長は「作品が創作された土地に残されていることこそ、イタリア文化の特徴だが、その分、犯罪者にとっては狙いやすい環境にもなり得る」と明かす。

同委員会は15年にイタリア文化省やカラビニエリ(国家憲兵隊)と協力して防犯指針を策定した。しかし、ピンナ氏は警報システムなどの技術があっても不十分で、それを適切に運用できる仕組みが重要だと強調。「警報が鳴ったら、誰かが必ず確認する態勢を整えなければならない」と述べた。

トスカーナ州サンセポルクロでは、公営美術館がルネサンスの巨匠ピエロ・デラ・フランチェスカの作品4点を収蔵している。美術館は、ピエロ・デラ・フランチェスカが15世紀に生まれた場所のすぐ近くにある。

サンセポルクロの文化担当評議員フランチェスカ・メルカティ氏は、「文化遺産はサンセポルクロの魂そのものだ。ルーブルでの窃盗事件は私たちに大きな衝撃を与えた」と話す。

ルーブル盗難事件後、文化財保護を担当するカラビニエリ部隊は、防犯カメラの増設や映像保存期間の延長、手荷物や厚手の衣類に対する監視強化などを提言した。そしてメルカティ氏は「われわれは勧告を直ちに実施した」という。

<広大な文化遺産ネットワークを守る難しさ>

問題の規模は非常に大きい。イタリアには4400を超える美術館などの類似施設があり、スペインには約1500館、フランスでも「ミュゼ・ド・フランス」と公式認定を受けた施設だけで1200館を超えるほか、数百の小規模なコレクションも存在する。

これほど広範なネットワークを守るのは容易ではない。特に地域の資金に頼る小規模施設ほど、防犯対策に十分な資金を確保するのは困難だ。

パリに拠点を置く文化施設向けセキュリティー・コンサルタント、フロランス・アンベール氏は、フランスの小規模美術館の85%は財政力の限られた自治体が運営していると述べた上で「この戦いに勝つ鍵は予算だ」と明言した。

フランス文化省は7月、地方美術館向けに3年間で3000万ユーロを投じる33項目の防犯強化計画を発表した。

最近の統計も懸念を裏付けている。イタリアのカラビニエリ文化財保護部隊によると、25年に発生した美術館・美術ギャラリーからの盗難は17件で、前年の14件から増加した。また欧州刑事警察機構(ユーロポール)は8月の報告書で、美術館盗難の手口がより強引になり、貴金属や宝石など、高価値の文化財を狙う傾向が強まっていると警告した。

<盗難美術品は売れるのか>

しかしながら、金や宝飾品と異なり、著名な絵画を現金化するのは簡単ではない。ピンナ氏は「ルノワールのような有名作品は公然と売却することがほぼ不可能だ」と説明する。そのため盗難美術品は隠されたり、身代金の交渉材料に使われたり、秘密裏に取引されたりする可能性が高いという。

作品が回収された場合でも、捜査や回収作業、警備強化のための追加投資など、施設側には大きな負担が残る。

こうした状況を受け、保険業界でも議論が活発化している。西欧で公的支援を受ける主要な美術館の多くは、民間保険ではなく政府補償制度を利用しているが、一部ではリスク評価の見直しが始まっている。

保険仲介会社ハウデン・スペシャルティーで個人資産および美術品保険を専門とするフィリッポ・ゲリーニ・マラルディ氏は「私の40年のキャリアで初めて、美術品盗難が主要リスクと認識されるようになった。これまでは常に、副次的なリスクに過ぎなかった」と語った。

保険会社も新技術を活用し始めている。英保険会社ビーズリーでは、AIによって監視カメラ映像を解析し、不審な行動を早期に検知する仕組みを研究しているという。

<安全確保と公開の両立>

美術館関係者にとって最大の課題は、防犯を強化しつつ、地域社会とのつながりや来館者体験を損なわないことだ。セキュリティー・コンサルタントのアンベール氏は「美術館は本来、誰もが気軽に入れる場所でなければならない。50回も保安検査を受けなければ入れないようでは意味がない」と指摘する。

これに対してベルギーのアフリカ博物館で学芸員を務めるジュリアン・ボルペール氏は、特に貴重な文化財については十分な警備体制が整った場合にのみ展示すべきだと提言。「それが万能の解決策とは言わない。しかしレプリカを展示するよりは良いだろう。ここはテーマパークではない」と訴えた。

カラビニエリは8月、パルマ近郊の美術館から盗まれた3作品を、あるアパート内に隠されていた段ボール箱から発見した。事件に関与したとして逮捕されたのは、モルドバ国籍の5人だった。捜査当局によると、盗聴記録から、容疑者らは東欧やロシアで買い手を探したものの売却に失敗していたことが判明した。

作品はその後、美術館へ返還された。館長のロッフィ氏は、この出来事を「帰郷を祝うパーティー」のようだったと表現。「盗難事件を機に、イタリア国内外から大きな連帯の声が寄せられた」と感謝の意を示した。

現在、美術館には地元チーズ生産者団体の支援を受け、24時間体制で警備員が配置されている。ロッフィ氏は「これは単なる美術館の盗難事件ではなかった。人類が共有する文化遺産そのものへの攻撃と受け止められた」と強調した。

Reuters Copyright (C) 2026 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。