妖怪はもともと「精霊」だった?

「妖怪」は本来「精霊」であったという考えを著者は持っているというが、そうなると「じゃあ、精霊ってなに?」という問題が絡んでくる。

 精霊とは、異界や境界、さらには私たちの身近にもたくさん浮遊している霊的存在です。もともと自然への怖れから生まれた、人間にとって善いこともしてくれれば、悪いことももたらしかねない善悪未分化な性格の持ち主と考えられてきたものが精霊です。そしてこの性格は、自然の性質そのものの反映だということができます。(70ページより)

また、「精霊は人間が一定の儀礼を行うことで祀り上げれば『カミ』になる」という指摘にも納得できるものがある。つまりそれは、圧倒的な自然の脅威の前で身を震わせながら、人間がなんとか生き延びるために紡ぎ出した「生存のための知恵」だということだ。

そこにあるのは絶対的な恐怖であり、人間が「上から目線」で自然をジャッジするというような精神的ゆとりは存在しないわけである。

一方で興味深いのは、そんな精霊に対し、人間が自らの知の枠組みを用いて「怪しい」「異常だ」と評価し始めたとき、話は一変するということだ。つまりその段階で精霊は、「妖怪」「化け物」として扱われるようになるわけである。また、何らかの超自然的な現象が「怪しい」と思われたとき、それは「怪異」として扱われることになるという。

著者は本書の冒頭で、沖縄県宮古島での自身の体験を引き合いに出している。宮古島では自然の脅威が強烈であり、自然を完全に人間の管理下に置くことが困難な状況が長く続いていたというのだ。言い換えれば、人間の側から自然を分析して「怪しい」と見下すような精神的余裕(上から目線)を持てなかったということである。

人間の「上から目線」が生んだ妖怪

一方、全国各地では、精霊はむしろ「怪しい」存在としての「妖怪」「化け物」と考えられていることが多いようだ。

そして、そのようなカテゴリーが立ち現れてくる背景にあるのは、人間の側に発生した「自分たちが世界の主導権を握った」という認識だ。

その結果、かつては畏怖していたはずの存在を、「怪しさ」という判断基準で評価するようになったということである。それが意味するのは、いうまでもなく人間の「上から目線」の始動だ。

江戸時代に起きた「妖怪革命」
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