Richa Naidu Aditya Kalra
[ロンドン/ニューデリー 11日 ロイター] - 一部食品への健康警告表示の導入を巡るインド政府の提案が、国内で大きな議論を呼んでいる。同国では安価な加工食品への依存が進む一方、企業が他国市場では同じブランドでもより栄養価の高い仕様の商品を販売してきた経緯に注目が集まっている。
世帯当たり所得が世界平均を大きく下回るインドでは、ネスレの即席麺「マギー」やコカ・コーラの「サムズアップ」といった安価な食品・飲料の需要が高い。このため大手食品メーカーにとっては巨大市場となっている。一方、他国で採用されているような食品基準の適用を求める圧力はこれまで限定的だった。
だが、状況は変わりつつある。
食品安全基準庁(FSSAI)は10日、政府基準を超える量の添加糖分、塩分、飽和脂肪を含む食品について、より厳格な赤色の警告ラベルを導入する可能性があると発表した。最高裁が、FSSAIの段階的導入案に疑問を呈したことを受けた措置だ。
特に糖分の過剰摂取はインドにとって重大な問題となっている。世界の糖尿病患者の約4分の1がインドに集中しており、医療専門家らは加工食品を原因の一つとして指摘している。デンマークの製薬大手ノボ・ノルディスクによると、インドでは1億0100万人超が糖尿病を患い、さらに1億3600万人が糖尿病予備群に該当する。
<急成長する市場>
調査会社IMARCグループによると、インドの包装食品市場は2025年の1291億8000万ドルから26年には1372億5000万ドルに拡大し、34年には2388億3000万ドルに達する見通しだ。
スイス食品大手ネスレが製造する「マギー2分マサラヌードル」は、家庭や屋台などで毎年約60億食が消費されている。
マギーは1983年、「働く母親」と子どもをターゲットにインド初の即席麺ブランドとして発売された。「放課後に、遊んだ後に」とボウルいっぱいのマギーをほおばる子どもたちや、「ママ、おなかすいた」と訴える子どもを描いた広告で、手軽な夕方の軽食として売り込まれた。
この製品の成功により、ネスレは現在、同社で最も成長が速い地域となっている市場で足場を固めた。同国で販売される全てのマギー製品にはパーム油が使われているが、英国で販売される多くの製品にはより高価なヒマワリ油が使用されている。また、同社の「キットカット」もインド版はオーストラリア版に比べてカカオ含有量が少ない。
ユニリーバのインド部門でマーケティング責任者を務めたシャシャンク・メータさんは「これは国民の誇りに関わる問題だ。なぜインドが割を食うのか。なぜ企業が、私にはより良い原材料を使った製品を買う余裕がないと、勝手に判断するのか」と述べた。
匿名を条件に取材に応じたネスレの元上級幹部は、品質の高い原材料は価格も高く、価格に敏感な市場で値上げを余儀なくされる可能性があると説明した。
ネスレは声明で、消費者の期待や食文化に応じた現地の味の好み、原材料の入手可能性、気候条件を考慮して配合を決めているとした。
また、配合の違いは製品の品質に影響しないと説明。キットカットには世界で10種類を超える地域別の配合があると付け加えた。インドの食品安全法を全て順守し、原材料も包装に明記していると述べた。
<高まる世論の圧力>
インドでは長年にわたり、糖分、塩分、脂肪分の多い食品を示す包装前面への警告表示導入が議論されてきた。チリやメキシコで導入されている制度と同様の仕組みだが、多くの伝統的なインド食品も糖分や脂肪分が高いため、業界側が反対してきた。
研究者によると、栄養成分ごとに黒い八角形の警告表示を義務付けたチリの2016年食品表示法の施行後、糖分の多い飲料の購入は23.7%減少した。
全インド食品加工業者協会は、提案されている制度が導入されれば、包装食品の約8割が高脂肪、高糖分、あるいは高塩分の表示対象になる可能性があるとしている。
近年では、活動家やインフルエンサーらを中心に、より厳格な表示を求める声が強まっている。
今回の提案は、ロイターが3月、政府が業界ロビー活動を受け入れ、コカ・コーラやネスレ、ペプシコを支援する団体による包装前面への警告表示反対の主張に譲歩したと報じた後、国民の反発が高まったことを受けて打ち出された。
<疑問視されなかったブランド>
欧米の食品大手は1世紀前からインドで事業を展開している。ネスレは1912年、当時英国植民地で貧困層が多かったインドで、糖分の多い練乳の販売を開始した。ユニリーバは1937年、硬化植物油の「ダルダ」を発売した。伝統的で高価なバターの一種「ギー」の安価な代替品として普及し、低所得層の家庭やレストラン、菓子店の定番となった。外資企業は価格を抑えるため、早い段階から現地生産を進めた。
モンデリーズ・インディアでスーパーマーケット向け営業を統括した元幹部のパルル・シャルマさんは、「インドの商品レシピの多くは、何十年も前に価格重視の消費者向けに作られ、そのまま受け継がれてきた。長い間、インドの消費者はブランドに疑問を投げかけることがなかった」と語った。
コカ・コーラの「サムズアップ」は、長年かけて現地の嗜好に合わせて作り上げられたコーラ飲料で、現在は売上高10億ドル超のブランドに成長。インド国内で販売されるほか、海外のインド系コミュニティー向けにも輸出されている。
サムズアップは見た目こそペプシやコカ・コーラに似ているが、味は異なる。コカ・コーラは1993年、このブランドを約6000万ドルで買収し、少しずつフェードアウトさせ、自社主力ブランドへの置き換えを進める計画だった。しかし消費者の支持が非常に強かったため、存続を決めた。また、同社の伝統的なコーラ飲料も、スパイスを加えた「マサラ・コーク」として屋台などで販売されており、文化の一部として定着している。
コカ・コーラはコメント要請に応じなかった。
ユニリーバの広報担当者は、過去5年間に「製品全体で糖分と塩分の削減を大きく進めた。より健康的な食生活を支援する当社の姿勢を反映したものだ」と述べた。「当社は科学に基づく厳格な基準に従い、栄養面の改善に長年取り組んでいる」
元モンデリーズ幹部のシャルマさんは、大手企業がレシピ変更に踏み切れない最大の理由の一つは、消費者の味覚が既に固定化していることだと指摘した。
「極めて忠実な顧客層を失うリスクを負わずに、一夜にしてレシピを変えることはできない」とシャルマさんは語った。