集団的選択による集合知?

ここで再び、ミツバチの話に戻りたい。ミツバチの巣探しや陪審員が直面する問題は、集団のメンバー全員が共通のゴールを有する状況だった。この「ミツバチ的問題」を、集団意思決定問題の1つの極端としよう。そしてもう一方の極端には、個々人の目的が異なり、利害対立や価値観の差異が根深く対峙するような、合理的に集約不可能な問題があるとする。

人間が抱える実際の多くの問題は、そのどこか中間に位置している。意見の対立の根源は2種類に分類できる。

1つは過去の経験や情報探索の経路が異なった結果生まれる「情報的対立」。もう1つは個人の目的や価値観の差異から生じる「イデオロギー的対立」だ。

前者の情報的対立をめぐっては、イデオロギーによらず、ミツバチ的合意に至る希望がある。根深く見えるイデオロギー対立の根本にも、仮にいくばくかの情報的対立があることを認識できれば、そこにミツバチ的集合知が入り込む余地があるかもしれない。

センは熟議の可能性に着目した。議論によって、機械的な投票ではすくい上げることのできない個々人の持つ豊富な情報が救い出される希望を、熟議型民主主義へ見出した。

特にセンが着目したのは熟議の正義論的・厚生論的な役割だが、議論を通じて判断に有用な情報が共有されうるのなら、そしてそれが、尻振りダンスのように個々人の独立な判断と組み合わさって機能するのなら、熟議はミツバチ的集合知の作動装置になりうるかもしれない。

熟議への当然の批判として、情報カスケードや集団思考などの集合愚を促進するリスクを挙げることはできる。情報的対立に焦点を当てさえすれば、合議が政治的対立の困難から解放されるなどというのは楽観的すぎるだろう。

だが、集団的選択の難しさを嘆くのは簡単だからこそ、それを乗り越える術があるかもしれないという希望を一つ提示してみたかった。
 

豊川 航(Wataru Toyokawa)
理化学研究所 脳神経科学研究センター ユニットリーダー。専門は社会心理学、集団力学、理論生態学。2010年、北海道大学水産学部卒業。2015年、同大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会海外特別研究員(セント・アンドリュース大学)、コンスタンツ大学講師等を経て現職。訳書に『人間性の進化的起源』(ケヴィン・レイランド著、勁草書房、2023年)。「オンライン大規模実験による「集合知」と「集合愚」との葛藤メカニズムの検証」にて、サントリー文化財団2015年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。

 
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