Maria Tsvetkova
[ニューシティー(米ニューヨーク州) 19日 ロイター] - 米ニューヨーク市近郊にあるロックランド郡の障害者施設で生活するリッチー・ローゼンさん(43)は、ウィリアムズ症候群という遺伝性希少疾患を抱えて生まれた。手の力が弱く、思うように動かせず、人とのつながりを強く求める一方、対人場面では不安を感じやすく、感情的に動揺しやすい。
そのローゼンさんを4年間にわたり支えてきたのがハイチ出身の介護職員タッシーさんだ。施設で食事を作り、車での送迎を担い、日常生活の困難な作業を手助けしてきた。
しかし、施設を運営する非営利団体ジャウォニオは7月27日、トランプ政権がハイチ人向けの「一時保護資格(TPS)」と、それに付随する就労許可を終了したことを受けてタッシーさんとの契約を打ち切った。
ローゼンさんはロイターの取材に、「彼がいなくなって本当に寂しい。いつも僕に『やあ』と声をかけてくれたのに」と話した。
プリンストン大のフィリップ・コナー研究員が米国の国勢調査を分析したところ、TPSの対象となっている米国内のハイチ人約33万人のうち、およそ2万1000人が昨年時点で介護職員や看護助手として働き、約7万7000人の患者を支えていた。急速な高齢化に伴う需要増への対応に苦慮していた米国の医療・介護システムは、こうした人材が突然職場を離脱したことで一段と逼迫(ひっぱく)。支援を受けていた家族も大きな衝撃を受けている。
リッチーさんの母親のシャラン・ローゼンさん(77)は、タッシーさんが「家族同然の存在だった」と明かす。しかしリッチーさんに別れを告げる機会もなく、「タッシーさんのことを思っても、息子のことを思っても、胸が張り裂けそうだ」と言う。
ロイターは今回の取材でタッシーさん本人と連絡を取ることができなかった。また、法的地位が不安定な状況にあることから、記事ではファーストネームのみを使用している。
ジャウォニオは7月、ハイチ出身の職員約20人余りを解雇せざるを得なくなった。これは全職員の約7%に相当する。対象者の多くは障害者の24時間ケアに従事し、時給は約20ドルと、ニューヨーク州の最低賃金を数ドル上回る程度だった。
ジャウォニオのランディ・リオスカストロ最高経営責任者(CEO)は、「こうした職種は人材確保が最も難しい仕事の1つだ」と説明する。その上でTPSの終了について「これは決して、単なる移民問題ではない。私たち、そして国全体にとっての医療・介護人材の問題だ」と訴えた。
<患者ケアに悪影響>
米国は2010年の壊滅的な大地震を受け、人道的措置としてハイチ人にTPSを付与した。トランプ政権は制度終了の理由にハイチ国内の状況改善を挙げているが、同国はいまなお西半球で最も不安定な国の1つに挙げられている。16年以来、選挙が実施されておらず、大統領は21年に暗殺された。首都ポルトープランスはギャングによる暴力で混乱。国連によると、昨年時点で140万人が国内で避難民となり、国民の約6割が貧困下で暮らしている。
米国内で合法的に働く資格を失った元TPS保有者は現在、自発的にハイチへ帰国するか、あるいは米国に留まりながら逮捕や強制送還のリスクを負うか、二者択一を迫られている。
ニューヨーク州は、ハイチ系TPS保有者数がフロリダ州に次ぐ全米2位。フロリダ州は米国有数の高齢者居住地として知られている。
• TPSの失効を数週間後に控えて、フロリダ医療・介護協会のエメット・リードCEOは、国土安全保障省のマリン長官に書簡を送り、長期介護に携わる職員への例外措置を検討するよう要請した。「フロリダ州には全米でも最大級かつ最も急速に増加している高齢者人口が存在し、長期介護サービスへの需要は年々拡大している」と指摘。ハイチ系職員の喪失は「影響が連鎖的に広がり、地域の病院だけでなく、医療システム全体を圧迫しかねない」と警告した。
ニューヨーク州看護師協会(NYSNA)の会長で、幼少期にハイチから米国へ移住したナンシー・ヘイガンズ氏は今月5日の労働者不足に対する抗議集会で、「医療従事者が出勤すること自体に恐怖を感じるようになれば、患者へのケアは損なわれる」と強調した。
こうした動きに対し、国土安全保障省はロイターへの回答で「医療業界が移民労働者に依存しているという主張は著しく誤っており、安易な見方だ」と反論。「TPSはあまりにも長い間、事実上の恩赦プログラムとして機能することを認められてきた」と主張した。
前出のローゼンさんが暮らすロックランド郡の施設は、タッシーさんと、同じくハイチ出身の介護職員マークさんが離職した後、残された職員が穴埋めのためにシフトを増やしている。
一方、ローゼン家にとって、タッシーさんの離職は極めて個人的な問題だ。シャランさんは、新たな移民政策の影響でタッシーさんが去らなければならなくなるかもしれないとリッチーさんに伝えていた。しかし、まさかそれが一夜にして起きるとは思っていなかったという。今は81歳の夫とともに、息子を車で職場に送迎するなど、タッシーさんの不在を補おうとしている。
リッチーさんに、タッシーさんがいなくなったと知らされたときの心境を尋ねた。すると、心境については語ろうとせずに「いつの日か、また彼に会えることを願っています」とだけ話した。