第三に、これは望蜀だが、特集のどこかで、漢字の象形性に関する議論があってもよかったと思った。これに関して興味深い事例を提供したい。舎起霊(1710年没)という中国ムスリム学者は、「心」に関するイスラームの教えを説いた、あるペルシア語の韻文を、『推原正達』という著作において次のような漢詩の形で訳出した。

      點蘊三才相
      勾含日月形
      若無真義味
      焉得受斯名 

    〔心という字の3つの〕点は天地人のかたちを含む
    〔心という字の〕曲線部分(乚)は日月のかたちを含む
     もし〔このような〕真の意義を備えなければ、
    〔そんな心は〕この〔心という〕名で呼ばれるに値しない


この「漢訳」は、漢詩の平仄の形式遵守を優先した意訳であって、ペルシア語原文の逐語訳ではない。

しかし、ペルシア語で記された、「心」に関するイスラームの教えが、奇しくも「心」という漢字の字形にも体現されていると暗示することで、その教えの普遍性の示唆に成功している。漢字の象形性が、ペルシア語文化圏と漢字文化圏の思想的架橋を助けたと言える。類例に関する後日の議論を待ちたい。

[注]
(*1)吉田金一『近代露清関係史』近藤出版社、1974年
(*2)拙著 ”A flexible choice of comrades: the dynamic identity of the Muslim Huis of the seventeenth and eighteenth centuries,”International Journal of Asian Studies, First View, 2024, pp.1-16
(*3)拙著「『天方詩経』、アラビア語韻文の敢然たる漢訳──19世紀中国ムスリムによる非ムスリムとの信頼関係の構築」野田仁 編『イスラームからつなぐ3 翻訳される信頼』東京大学出版会、2024年
 
 

中西竜也(Tatsuya Nakanishi)
1976年滋賀県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程指導認定退学、京都大学博士(文学)取得。京都大学白眉センター特定助教を経て、現職。専門は中国ムスリム史。著書として『中華と対話するイスラーム──17-19世紀中国ムスリムの思想的営為』(京都大学学術出版会)、共編著として『よくわかる中国史』(ミネルヴァ書房)がある。

 

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