ジャニーズ事務所のアイドルたちは、デビューに際してかつてワシントン・ハイツがあった国立代々木競技場のコートにしばしば立っていた。それは、東京オリンピックの記憶に依拠しながら、ジャニーズ事務所のルーツの地へとふたたび降り立つという象徴的なパフォーマンスでもあったのだ。

バレーボールは、1964年の東京オリンピックでもっとも注目を浴びた競技であり、歴史的な高視聴率をマークし、ひいては戦後の経済成長を物語るときのシンボルのひとつともなっていった。

1995年以降、ジャニーズ事務所の多くのグループは、本人たちは生まれてもいないこの東京オリンピックの遠い記憶と結びつけられ、デビューを飾っていったのである。その記憶は、テレビが急成長していたころの高度経済成長期日本の「成功体験」とも結びついたものでもあった。

もっとも、1995年といえば「Windows95」が発売された年でもあり、これ以降、インターネットが社会に本格的に浸透していく。

そうしたなかで、テレビは、メディアのなかでの中心的な地位を次第に失い、特に若年層に対する訴求力を弱めていった。だが、まさにそのタイミングで、テレビ、雑誌、広告といったマスメディアは、ジャニーズ事務所との関係を深めていくのである。

メディアの王座から降りつつあったテレビは、ジャニーズ事務所と「一体化」し、高度経済成長期の「成功体験」の物語を参照していった。これにより、テレビはなおも「国民的人気」を生み出す装置として機能し続け、その帰結のひとつとして現れたのが「最後の国民的アイドル」としての嵐だった。

嵐は「NHK紅白歌合戦」の司会を務め、東日本大震災後の復興支援に携わり、2019年には天皇即位の祝典で奉祝曲を披露するまでになる。彼らはテレビの影響力の低下を考えれば、本来、時期外れともいえる「国民的人気者」だったといえる。

ゆえに「最後の国民的アイドル」という冠が嵐にふさわしく感じられるとすれば、それは高度経済成長期以来のテレビ時代の「成功体験」が、もはや再演されることはないという感覚が広く共有されているからではないだろうか。

なお、ジャニーズとふたつの東京オリンピックの関係については、遠藤薫編著『学習院大学東洋文化研究叢書 現代日本の〈国家意識〉とアジア──二つの東京オリンピックから考える』(勁草書房)所収の拙論「ジャニーズと二つの東京オリンピック──1990年代半ばにおける国家意識の形成とバレーボール」でより詳しく考察しているので、こちらも併せてご参照いただければ幸いである。
 

周東美材(Yoshiki Shuto)
1980年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。学習院大学法学部教授。専門は社会学、音楽学。著書に『童謡の近代──メディアの変容と子ども文化』(岩波書店)、『「未熟さ」の系譜──宝塚からジャニーズまで』(新潮社)、共編著に『吉見俊哉論──社会学とメディア論の可能性』(人文書院)、『〈帝国〉と身体──ジェンダー史からの問い』(白水社)など。
 

〈帝国〉と身体──ジェンダー史からの問い

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 山口みどり 周東美材[編著]

 白水社[刊]

 

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