2019年にジャニー喜多川、2021年にメリー喜多川が死去してカリスマ的経営者を失い、後継者と目された滝沢秀明も2022年に退社していた。2023年にはBBCが「J-POPの捕食者──秘められたスキャンダル」を世界配信し、ジャニー喜多川による性暴力が明るみに出された。
ジャニーズ事務所が設置した再発防止特別チームが公開した「調査報告書」は、この事務所の「解体的出直し」を宣告し、ジャニーズ事務所の歴史は幕を閉じた。より直接的な契機はBBC報道にあるとしても、その前からジャニーズ事務所は強力なリーダーの不在により、ひとつの節目、または「終わりの始まり」を迎えていたとみることができよう。
なお、嵐は、NHK東京2020オリンピック・パラリンピック放送スペシャルナビゲーターに就任することが決まっていた。だが、オリンピック開催が1年延期されたことと、2020年末にグループとしての活動を一時休止することが決まっていたことから、彼らがオリンピック開催を見届けることはなかった。
ジャニーズ事務所は、約60年の歴史を有するが、その創業と廃業はふたつの東京オリンピックの開催と重なっていた。その約60年の歴史を振り返ると、1990年代半ばはちょうど折り返し点にあたる。そして、この時期こそジャニーズ事務所が一介の芸能事務所であることを超えて、テレビ、雑誌、広告を席巻し、「国民的」なアイドル集団へと君臨していく転換点だったのである。
この事務所のアイドルたちは、1990年代半ばから、大河ドラマの主演、「NHK紅白歌合戦」の司会、24時間テレビのパーソナリティーを担うようになっていった。その後、たとえばSMAPの《世界に一つだけの花》(2002年)が文化庁編纂の『親子で歌いつごう 日本の歌百選』に選定されたことからもわかるように、その人気は「国民的」と呼ばれるに足る側面をもつようになっていった。
こうした1990年代後半以降のジャニーズ事務所の躍進のなかで、嵐はデビューし、「国民的」なアイドルとして認知されていった。
その過程で見逃せないのが、ジャニーズ事務所が1995年以降、バレーボールの国際大会との関係を強めながら新人グループを送り出していったことである。V6、嵐、NEWS、KAT-TUN、Hey! Say! JUMP、Sexy Zoneといったグループが、大会の「スペシャルサポーター」や「イメージキャラクター」などを担当することで、世に出ていったのだ。
V6と嵐のデビュー時には、バレーボールを題材にしたフジテレビ系のドラマ「Vの炎」、「Vの嵐」が制作され、それぞれ主演を務めた。これらのドラマでは、1964年の東京オリンピック以来のバレーボールをめぐる「伝説」が反復される。
「Vの炎」はオリンピック後のバレーボール人気から生まれたマンガ『アタックNo.1』と『サインはV』のパロディであり、日本バレーボール協会会長だった松平康隆も出演している。「Vの嵐」では、松本潤が「ニッポン チャチャチャ」の起源などバレーボールの歴史についての語り部役を演じている。
そして、部活動中に校庭を133周走るよう命じられ、倒れ込んでしまうシーンでは、松本潤と二宮和也との間で次のような台詞がやりとりされる。
松本 二宮くん、やっぱ無理だよ。二宮くん。
二宮 なせば成る。
松本 え?
二宮 なせば成る。なせば成る。
松本 二宮くん、それは東京オリンピックで女子バレーを優勝に導いた名将・大松博文監督の言葉だよ。全日本チームには、いままでたくさん大監督と呼ばれた人がいたけど、そのなかでも大松博文監督は、猛特訓で選手を鍛え上げたことで有名なんだ。人呼んで「鬼の大松」。そんな大松監督の選手育成法の哲学を表す言葉が「俺についてこい」、そして「なせば成る」だったんだ。
二宮 俺についてこい!
(ここでデビュー曲《A・RA・SHI》のサビ部分が流れる)
ジャニーズ事務所のアイドルたちは、1995年デビューのV6以降、「国民的」な人気を得ていったが、その際には、東京オリンピックの記憶、とりわけバレーボールの記憶が呼び戻されていたのである。