
ダラムサラの景色。ヒマラヤの雪峰を望む(2025年11月20日、インド・ダラムサラにて筆者撮影)
『チベットわが祖国』は、インド亡命から間もない時期に、なお記憶が生々しく残るなかで20代の若きダライ・ラマによって書かれた。
そこには、亡命直後の衝撃、動揺、そして政治的緊張が色濃く刻み込まれている。それゆえ、本書は後年の回想録よりもいっそう臨場感に富むものとなっている。筆者が本書に強い関心を抱く理由も、まさにこの点にある。
歴史の証言としてとくに価値あるがあるように思われる記述は、例えば、第6章「共産中国との出会い」に見出すことができる。そこでは、毛沢東、周恩来、ネルーらとの接触が記録されている。
また、第11章「脱出」および第12章「亡命、海外流浪へ」では、ラサにあるノルブリンカ宮殿を発ち、インド国境へ向かう過酷な脱出行の様子が迫真性を備えた調子で描かれている。
いうまでもなく、こうした記述の信憑性は他の資料と突き合わせてはじめて確実なものとなる。そうした留保を付すとしても、本書が第一級の証言資料であることに疑いはない。
本書には、ダライ・ラマ本人の人柄を感じさせる叙述が随所にちりばめられている。たとえば、足音に反応して水面に顔を出していた魚に餌を与えていた思い出について、ダライ・ラマは次のように回想している。
「時折、私は、あの魚たちがノルブリンカ宮殿に入ってきた中国兵士たちの靴音を初めて聞いたとき、おろかにも水面に浮かび上がってきたのではないか、と思う。もしそうだったとしたら、魚たちはおそらく食べられてしまったであろう」。
こうした叙述は、中国に対する印象を象徴的に示すものであるのと同時に、本人でなければ書き得ない個人的記憶でもある。それゆえ、たんなる政治的告発とは異なる深みを本書に与えている。