そこで、筆者の脳裏を掠めたのは、中江兆民の名前である。このすぐれた明治の啓蒙思想家が、漢文でルソーの『社会契約論』を訳したのは周知のとおりであるが、どうしてそうしたのかはあまり知られていないようだ。筆者もつい最近彼の目的を知った時は、実に驚いた。
要するに、彼は日本人に洋学だけでなく、漢文もしっかり学んでほしいという目的を抱いたのである。1世紀以上経った現時点で振り返ると、彼の目的は達成されているとはとても言えない。
しかし、本当に彼は反時代的な考えを抱いて、全く振り返る意味がないのだろうか。否、むしろ今日我々はもう一回彼の意図を吟味すべきではなかろうか。なぜならば、中国にとっても日本にとっても、石川氏が言う「東アジア的であるしかない存在(ザイン)」から逃れられない以上、我々はもう少し違う対応ができるはずである。
西洋文明を引き続き深く学びながら、同時に自分たちの文明の伝統もしっかり引き継ぐことは不可能ではなく、むしろそのほうが最も生産的にもなりうることは、中江兆民、森鴎外や夏目漱石のような大知識人の知的営為によって、すでに証明されたものである。
鴎外がベルリンに居た時、漢文で日記をつけた試みも想起される。西洋の学問をどれぐらい表現できるのか、中江兆民をはじめ、明治の最も優れた知識人たちは漢文の可能性を見捨てなかったのである。
それこそ、サイードが批判したオリエンタリズムを乗り越えて、新しい文明の方向となる可能性さえ秘めているだろう。日本も中国も豊穣なる伝統を持っており、これを活かさずに、ただ西洋の学問を追っかける時代はもう終わったはずである。
漢字の天才と呼ばれている白川静が東洋の伝統を回復することを漢字の研究を通して呼び掛けたのは、まさにこの特集の主旨ともつながっている。
内藤湖南、吉川幸次郎、宮崎市定ら現代日本の中国学の巨匠たちの仕事が近年中国に紹介され、中国の学界でも高く評価されて、多くの読者を得ていることを考えると、私たちは希望を抱くことができるだろう。
王 前(Wang Qian/ Oh Zen)
主な研究分野は政治哲学と思想史。現在は早稲田大学、明治大学などで教鞭を執っている。単著に『中国が読んだ現代思想』(講談社、2011年)、共著に『近代日本政治思想史』(ナカニシヤ出版、2014年)、『現代中国と市民社会――普遍的「近代」の可能性』(勉成出版、2017年)、『世界哲学史』(第8巻)(筑摩書房、2020年)など。翻訳書に『普遍的価値を求める――中国現代思想の新潮流』(許紀霖著、中島隆博・王前監訳、法政大学出版局、2020年)など。論文に『「尊敬すべき敵」と味方――二十世紀思想史におけるバーリン、シュミットと丸山眞男』(『思想』2021年6月号、「バーリン特集」、岩波書店)がある。