Samia Nakhoul
[ベイルート 29日 ロイター] - イスラエルとレバノンが米国の仲介で26日に結んだ地域の永続的な和平実現に向けた枠組み合意は、イスラエルのレバノン南部からの撤退と、親イラン民兵組織ヒズボラの武装解除を結びつけている。ただこの条件は達成不可能で、紛争の解決どころかこう着状態を定着させるリスクがある、というのが地域専門家や政治家らの見方だ。
今回の合意の核心については実行できないとの意見が大半を占める。ヒズボラは武装解除を断固として拒否しており、レバノン政府にそれを強制する力はない。
専門家は、ヒズボラが武装解除する可能性が低い以上、イスラエルにはレバノン南部への軍駐留を無期限に継続するための政治的口実が与えられていると指摘する。イスラエルは、イランと連携するヒズボラが3月2日にイスラエルを攻撃したことを受け、レバノンに侵攻していた。
この合意によりレバノンは、履行不能な義務と、完全には取り戻せない主権の板挟みになった。
また合意はレバノンの政治的現実とも矛盾する。同国は各宗教勢力が権力を分け合う政治制度であるにもかかわらず、そうしたぜい弱な政府に、国内最強の武装勢力のヒズボラの実質的解体を求めているためだ。
レバノンのある政治家は「これは合意ではなく、押し付けられた和解だ」と語る。
この政治家によると、レバノン軍はヒズボラの武装解除を行うための組織構造も装備も備えておらず、それを期待することはヒズボラの根強い軍事能力と、レバノンの政治的安定の基盤である微妙な宗派バランスの両方を無視しているという。
<レバノンに一方的負担>
専門家の分析では、枠組み合意の構造自体が不公平で、レバノンには広範な義務が課されている一方で、イスラエルの撤退についてはそれに相応するほどの保証は見当たらない。
ベイルートを拠点とするアナリスト、マイケル・ヤング氏は「この合意は全ての負担をレバノンに押し付けている。イスラエル側が(レバノン南部に)無期限にとどまることを可能にする構図を作り出している」と批判した。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のレバノン人学者、ファワズ・ゲルゲス氏も、この合意は成立した時から空文化しており、実際には不可能な条件に依存しているという構造的な欠陥があるとの見方を示した。
ゲルゲス氏によると、イスラエルは既にレバノン南部に約8-10キロにわたる緩衝地帯を固め、一方で今後の撤退をヒズボラの武装解除と結びつけている。
合意内容は、緩衝地帯の存在が長期化して外交的正当性を与えられるリスクをはらんでおり、イスラエルへの政治的な「贈り物」だというのが同氏の見解だ。
レバノンでの紛争は、これまで米国・イスラエルとイランの戦争を終結させるために展開されている外交交渉の重要な要素だった。しかしゲルゲス氏は、米国側がこれらの紛争を意図的にイラン問題と切り離したことで、イスラエルはレバノンにおいてより大きな行動の自由を得たと説明した。
<内戦への懸念>
枠組み合意はワシントンで署名され、イスラエルがレバノンの領土を主張しないことを確認しつつ、南部におけるレバノン軍の権限は、ヒズボラを含む非国家武装組織の検証された武装解除が条件となっている。
イスラエルのネタニヤフ首相はこの合意を、より広範な和平につながる可能性のある歴史的成果として評したが、イスラエル軍はいわゆる「安全地帯」に展開したままだ。イスラエルは、これが北部の攻撃から守るためのものだと主張している。
ネタニヤフ氏は27日、「ヒズボラやその他のテロ組織が武装解除され、レバノンからのイスラエルへの脅威がなくなるまで、われわれは(安全地帯の)領土を保持し続ける」と明言した。
レバノンのアウン大統領は、この合意を主権回復への第一歩として歓迎し、レバノン国民が完全に解放された自国の土地に戻ることが可能になるはずだと述べた。
ただレバノン国民議会のベリ議長は、これは「レバノンの権利を守る合意ではなく、命令を受けるという合意だ」と語り、履行されないだろうとの見方を示した。
一方ヒズボラ指導者のカセム師は、この合意は「無効」で「降伏」であると宣言し、イスラエルが撤退を余儀なくされるまで戦い続けると強調。ヒズボラに所属するレバノンの議員は、国内で「内戦」が起きると警告した。
ヒズボラを強制的に武装解除しようとすれば宗派間の緊張を高める恐れがあり、ヤング氏はこの合意について「内戦、そして恐らくシーア派住民による反乱以外には行き着く先はない」と言い切った。
<合意履行に疑念>
地域専門家で元イスラエル軍情報将校のダニー・シトリノウィッツ氏は、ヒズボラの解体は「決して起こらないこと」であり、この合意は実質的にイスラエルの無期限の軍事駐留を正当化すると言及。「何も起こらないだろう。イスラエルは撤退せず、ヒズボラも解体しない」と付け加えた。
シトリノウィッツ氏によると、ヒズボラが武装したままで、イスラエル北部の地域住民が避難したままである限り、国内政治の面からレバノンから撤退できるイスラエル首相は存在しないという。
同氏の見解では、リタニ川以南からのヒズボラ部隊の撤収、その地域へのレバノン軍の展開拡大、レバノン政府権力の拡張に焦点を絞った、より限定的な協定であれば、成功の可能性は高かったという。
親ヒズボラの専門家、モハンマド・オベイド氏も、この合意が履行される公算は乏しいと予想。ヒズボラの武装解除をレバノン政府に委ねている点で、レバノンの内部安定を破壊しかねない「爆発物のようなもの」だと述べた。