コロナ禍で急増したガチ中華は、膠着状態にある
それ以前にも中国および中国語圏の人たちが供する現地風の飲食店はあったものの、それらは「プレガチ中華」と呼ぶべき段階にあり、現在とは異なっていたというのである。
いま起きていることは、単に新種のグルメが現れたというような話ではない。ガチ中華の出現が映し出す時代的な意味とは何か。ぼくがそんなことを考えるようになったのは、これまでの日本社会が経験していない新しい現象が目の前で起きていると感じたからである。しかも、ガチ中華は、ある時期まで、日本人客をほとんど必要としなかった。(182ページより)
だから、いったい何が起きているのか、日本人には分かりにくかったわけだ。そんな状況下でガチ中華は増殖を続けたのである。
ただし、コロナ禍を契機として都内に急増したガチ中華は、もはや膠着状態にあるようだ。出店過多の影響で各店の売り上げが減少し、過当競争の段階に入っている。
しかも、池袋などガチ中華が密集するエリアと、横浜中華街のようなチャイナタウンとの間には決定的な違いがあるという。現地を知らない人からは“中華街のようなエリア”に見えるかもしれないが、そもそも成り立ちが大きく異なるのだ。
ガチ中華エリアで特筆すべきは、横浜中華街や神戸南京町のように、地区全体に中国系の人たちが営む飲食店やショップが軒を並べているわけではないことだ。多数派である日本人経営の店舗の並びに出店しているにすぎない。
端的に言えば「池袋でなくてはいけない」わけではなく、「もはやその機能は池袋でなくてもかまわない」ということ。それは当然ながら、池袋以外のエリアにも当てはまるだろう。
著者が“これからのガチ中華”について次のように述べているのも、そんな理由があるからだ。