James Davey William Schomberg Andy Bruce
[テルフォード(英イングランド) 17日 ロイター] - 英中部テルフォードでチーズメーカーを営むマイケル・ハート氏は2016年、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)決定によって突如として欧州大陸への輸出計画を絶たれた。チェダーやモッツァレラを買ってくれる新たな海外顧客を見つけられたのは4年後のことで、その市場は英国からはるか彼方の香港だった。
貿易への影響を抑える「ソフト・ブレグジット(緩やかな離脱)」を期待していたというハート氏。しかし英国はEU単一市場から完全に離脱し、目の前の巨大市場との間に高い障壁が築かれた。
ハート氏の会社「ブリッジ・チーズ」は、アジア顧客開拓の努力がようやく実を結び始めている。しかしブレグジット直後から昨年末にかけて、同社の海外売上高はゼロに落ち込んだ。
英国が今でもEU諸国と自由に貿易を続けられていれば、自社はもっと力強く成長していたことに疑いはないとハート氏は言う。
ブレグジットの前は「月曜日にここで板チーズを製造すれば、水曜日にはフランスやアイルランドの顧客に届けることができていた」と振り返る。
それが2021年にEUとの新たな貿易協定が発効してからは、獣医学的検査のコストや山のような書類、国境での遅延といった障壁が立ちはだかり、発効から半年でEU市場への輸出をあきらめた。「競争力を失ったということに尽きる」とハート氏は言う。
最大の海外市場だったEU市場への自由なアクセスが失われたことで、ブリッジ・チーズのような数千もの英国企業が穴埋めの方法を探さざるを得なくなった。特に打撃が大きいのは食品生産者だ。
<EU向け食品輸出が急減>
英食品飲料連盟によると、2021年―25年の英国からEUへの食品輸出量は、ブレグジット前の5年間と比較して23%余りも減少した。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の経済パフォーマンスセンターの報告書によると、24年までに中小企業約2万社がEU向け輸出を停止した。
ブレグジット後に英国がオーストラリアやインドなどと結んだ貿易協定は、失われた輸出のほんの一部を補うだけだ。貿易への打撃だけでなく、ブレグジットにより先行きが見通せない年月が長く続いたことで、企業の投資は減少した。
政府の予算予測機関の推計では、EU離脱から15年後の英国の経済規模は、EUにとどまっていた場合よりも4%小さくなる見通しで、その半分はすでに現実化している。25年の英国内総生産(GDP)、約3兆ポンドを元に計算すると、1200億ポンド程度縮小することになる。
全米経済研究所(NBER)の予測はさらに深刻で、経済規模は6―8%縮小し、投資は離脱しなかったシナリオと比較して18%減少する。
ブレグジットに伴うお役所仕事や遅延、管理コストは、輸入食品価格にも影響を与え、インフレの一因となった。英国のインフレ率はブレグジット決定後のポンド安も手伝い、過去4年間の大半において主要7カ国(G7)で最も高い水準で推移した。
<北アイルランドの堅調ぶり>
ブレグジットが実現しなかった場合の英国経済を想像する時、参考になるのが英国の一部である北アイルランドだ。
北アイルランドは紛争後の和平合意を守るために結ばれた取り決めのおかげで、隣国アイルランドおよびEU単一市場への自由なアクセスを維持することが許された。
この例外措置を支えに、北アイルランドは英国の他地域を凌ぐ成長を遂げた。データが入手可能な直近年である2023年の経済規模を15年と比べると、北アイルランド経済は16.5%拡大して英国で最も伸びの高い地域だったのに対し、イングランドは11.6%の伸びにとどまっていた。
<英・EU関係をリセット>
スターマー英首相はEUとの摩擦緩和を試みており、2027年半ばから獣医学的検査を大幅に削減する合意を締結するため、今年7月22日にEU・英国首脳会議が設定されている。ただ、EU側の情報筋によると、進展は遅い。
ブレグジットその他の経済ショックによって打撃を受けた多くの企業にとって、食品安全基準に関する「英・EUリセット」が実現したとしても、不確実性と警戒感が大きく晴れることはなさそうだ。
英企業の設備投資は今世紀に入ってから一貫して弱く、GDPに占める割合はブレグジットを決めた国民投票の直前からG7内の最低水準が続いている。
エコノミストらはさまざまな原因を指摘しているが、ブレグジットと、それが引き起こした政治の激動が多くの企業経営者に重くのしかかっている。2016年以降、首相は頻繁に交代し、スターマー氏は6人目だ。
スターマー氏自身も、数カ月中に与党・労働党の内部から退任を迫られる可能性が高い。
ブレグジット運動を率いたファラージ氏の政党「リフォームUK」は世論調査で高い支持を誇っている。一方、労働党内でスターマー氏の後任候補の一人と目されるストリーティング前保健相は、将来的に英国がEUに再加盟すべきだと主張している。
北アイルランドでチーズ製造企業を営むマイク・トムソン氏は「ブレグジットは終わった話ではない。解決の行方が分からない以上、それを無視計画を立てることは不可能だ」と語った。