2009年7月、亡くなったマイケルに代わり、慈善活動に関連する賞を受け取るジャーメイン(左)とジャファー(中)。数カ月後、ジャファーはキングに会った AP/AFLO
2009年7月、亡くなったマイケルに代わり、慈善活動に関連する賞を受け取るジャーメイン(左)とジャファー(中)。数カ月後、ジャファーはキングに会った AP/AFLO

それからまた仲良くなって、数カ月後に息子のジャファーと会ったが、彼はまだ幼い子供だった。長い話だけど、これがジャクソン一家との出会い、そしてジャーメインとの再会だった。

その後、映画化のアイデアを思い付いたが、(マイケルの元顧問弁護士で遺産管理人の)ジョン・ブランカに会うまではジャクソン一家に伝えなかった。

ブランカは私の弁護士と同じ法律事務所で働いている。ブランカと朝食をしながら、「マイケル・ジャクソンの遺産管理団体の人たちに会いたい。マイケルの映画を作りたい」と伝えた。

これが最初の一歩で、彼が同意してくれた後にジャーメインに電話した。「君たち家族の物語を映画にしたい」と言うと、「一周回って戻ってきたな」と言ってくれた。それが全ての始まりだよ。

──どのようにジャファーのキャスティングを決めたのか。

これから話すことは、ハリウッド映画のような話だが100%実話だ。

私は当然ながら、マイケル・ジャクソンという最も難しい役を誰が演じるのか、頭を悩ませていた。1人の役者に務まるのか、それとも4人くらい必要なのか。

そしてある日、ジャーメインが息子2人とドイツでクリスマス曲を歌う動画をYouTubeで目にした。ジャファーには目を見張るものがあった。彼が演技をしたいかは知らなかったが、ジャーメインに電話をかけた。「君の息子ジャファーとランチがしたい。お願いできるかな」

マイケルを演じられる人を見つけた
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