必要なのは「当事者に寄り添うだけ」の応答ではない

この点を象徴的に示したのが、最近世間を騒がせたある事件だ。著名なスポーツ指導者の家庭内トラブルをめぐり、当事者の一人が生成AIに相談し、その回答に沿って外部機関へ通報したことが話題になった。

だがここで露わになったのは、AIの限界である。AIは相談してきた本人に寄り添った答えを返しがちで、本人の置かれた具体的な立場や利害とは無関係な「一般論」を提示する傾向がある。匿名相談のつもりが事案化し、場合によっては公表に至るといった、現実の帰結まではAIは教えてくれない。

本来そこで必要だったのは、当事者に寄り添うだけの応答ではなく、利害から距離を置いた第三者の視点であり、依頼者の置かれた環境に即して設計されたインテリジェンスだったのである。

企業のリスク判断もこれと同じだ。なぜ重要なリスクほど見抜けないのか。理由は単純で、重要な情報ほど「どこにも書かれていない」からである。

AIは既存データの集約と分析には強いが、存在しないデータは生成できない。特に海外案件では、現地特有の商慣習、政治環境、人間関係、さらには当事者の感情や利害といった非構造的要素がリスクの本質を左右する。こうした領域は、AIにとって最も不得手な部分だ。

実際、近時の投資やM&Aの世界では、これを裏づける事案が相次いでいる。ある中堅ファンドが約16億円を出資した医療系企業では、売上や契約の実在そのものが虚偽だったことが後に判明した。いわば「ストーリーとして整えられた企業像」に投資判断が引きずられた典型例である。

また、海外展開を急ぐ企業においても、インド子会社の会計問題を契機に上場計画が頓挫したケースが報じられている。これらはいずれも、公開情報や表面的なデューデリジェンス、ましてやAI分析だけでは見抜けなかったリスクだ。

一方で、日本企業の多くはこの現実に十分に適応できていない。特に海外案件では、「自分たちは大丈夫だ」というバイアスが強く働く。中国をはじめとする特定地域との関係についても、リスクの中身を具体的に理解しないまま、「どの国も同じことをしている」「問題は顕在化していない」といった楽観的な認識に流れがちだ。

「自社には関係ない」という心理的バイアスも
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