しかし、ヒズボラへの不支持が、イスラエルとの和平支持に直結するわけでもない。別の世論調査では、国民の89%がイスラエルの承認に反対している。レバノン人がヒズボラに不満を持っていたとしても、自国を空爆し、南部の国境地帯を占領しているイスラエルを受け入れる理由にはならない。敵の敵は、必ずしも友ではないのだ。
このイスラエルとレバノンの深い溝の底には、パレスチナ問題が横たわっている。占領と抑圧が続く限り、仮にヒズボラが解体され、武装解除されたとしても、別の抵抗勢力が現れるだろう。武器を奪っても、怒りの物語が残れば、次の戦闘員は生まれる。パレスチナ自治区ガザで繰り返されてきた構図と同じだ。
2020年以降のイスラエルとアラブ諸国の国交正常化、いわゆる「アブラハム合意」は、パレスチナ問題を無視したまま進められた。イランとの戦争で明確な成果を示せなかったネタニヤフは、停戦交渉でも蚊帳の外に置かれている。
イスラエルは今年10月までに総選挙を迎え、アメリカも11月に中間選挙を控えるなか、レバノンとの直接交渉をあたかもアブラハム合意の再現のように「歴史的和平」として演出し、中東外交の成果に仕立てたいのだろう。
しかし和平は、利害が一致しない限り訪れない。イスラエルにとって、レバノンとの融和は格好の政治的見せ場となるが、レバノン政府の場合、同胞のパレスチナ人が抑圧されたままイスラエルとの国交正常化に踏み切れば、反発はヒズボラからだけでなく国内政治全体に向かう可能性もある。現時点でイスラエルとの和平を演出するメリットはない。
ネタニヤフとトランプは前のめりに和平の物語を売り込もうとしている。しかし、パレスチナ問題を置き去りにした「和平」が地域に安定をもたらすわけではないことを私たちはガザで学んだばかりだ。