評価額2兆ドルとされる米宇宙企業スペースXの巨額の新規株式公開(IPO)に資金を投じるのは、かなりのリスクを伴う。投資家は、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が急成長する衛星事業を足掛かりに、実績のまだ確立されていないロケットで人工知能(AI)分野に乗り出し、さらに巨大な事業へと発展させられるかどうかに賭けることになる。
マスク氏は通信衛星網「スターリンク」のインターネット衛星数千基の打ち上げや、宇宙輸送コストを大きく変えた再利用型ロケットの開発により、スペースXを世界最大のロケット企業へと育て上げた。
しかしながら、スペースXが市場に対して求めている評価は、現在の実績だけでなく、火星移住計画や宇宙空間へのデータセンター設置、AI業界のトップ企業になるなどマスク氏が掲げる壮大な構想が実現した場合に将来巨大企業へと成長し得る可能性を織り込んだ評価だ。
つまり、スペースXに投資するという判断の根底には、一連の出来事が適切な順序で進み、それぞれの段階が次の資金調達と事業拡大への道を切り開くという流れが前提としてある。まずスターリンクが生み出す資金で次世代ロケット「スターシップ」を開発し、スターシップが打ち上げコストを大幅に引き下げて市場を拡大、その市場拡大によって今は巨額の赤字となっているAI事業を支える――という構図だ。
投資プラットフォーム、イートロのアナリスト、ジョシュ・ギルバート氏は、「スペースXが実体のある事業かどうかはリスクではない。実体ある事業であることは疑いない。問題は、ロケット企業であり、インターネットサービスプロバイダーでもあり、さらにはAIベンチャーでもあるという多面的な性格に加え、強く一個人のビジョンに依存している企業であるがゆえの実行面の課題を、1兆7500億ドルという評価額が適切に織り込んでいるかどうかだ」と述べた。
スペースXが20日に提出したIPO目論見書によると、3月31日までの3カ月間の損失は42億8000万ドルと、前年同期の8倍に膨らんだ。巨額の赤字に対する投資家の忍耐が試されている。
巨額の赤字により、投資家はスペースXの価値を評価するに当たって従来型の財務指標よりも、マスク氏の構想が実現するという信頼感に頼らざるを得なくなっている。
<マスク氏への信頼が支え>
マスク氏は、世界的な電気自動車(EV)シフトをけん引した時価総額1兆ドル級のEVメーカー、テスラを築き上げ、民間企業として初めて米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士輸送を請け負うなど、高リスクな技術投資を繰り返し成功へ導いてきた。こうした実績が、スペースXの最も野心的な計画さえ最終的には実現可能だという投資家心理を支えている。
未公開株取引会社レインメーカー・セキュリティーズの共同創業者グレッグ・マーティン氏は、「1兆7500億ドルや2兆ドルという評価額は、伝統的なファンダメンタルズ指標だけでは説明できない。多くの投資家は、スペースXが将来的に5兆ドルないし10兆ドルの企業になる可能性があると考えている」と話した。
もっとも、マスク氏の事業は計画より遅れることが少なくない。19年に発表されたテスラの「サイバートラック」は納車開始が23年にずれ込み、17年に発表したスポーツタイプEV「ロードスター2」はいまだ発売にこぎ着けていない。低価格EVプラットフォームやヒト型ロボット「オプティマス」も開発段階にとどまっている。短期成長の柱とされる自動運転タクシー(ロボタクシー)の展開も、当初の大きな期待に比べて進展は鈍い。
それでも、ロイターが取材した計18人の投資家、アナリスト、ファンドマネージャーの大半は強気の姿勢を維持しており、衛星・宇宙事業だけでも2兆ドル近い企業価値を正当化できるとの見方を示している。
<事業構造に潜むリスク>
スペースXの時価総額が2兆ドルになれば、安定した収入と高い利益を擁する少数の巨大企業グループに加わることになる。
ところが、スペースXは3月31日時点で累積赤字が413億1000万ドルに達している。創業から20年余りにわたり、稼ぎを上回る資金を投じてきたことが分かる。再利用型ロケットやスターリンクの巨大衛星網、ギガワット級AIデータセンター構築に巨額の投資を行ってきた結果だ。
中でもスターリンク事業は依然として極めて重要な存在だ。2026年第1・四半期(1―3月)の売上高は32億6000ドルと前年同期比で約3割増加したが、海外展開や各種費用の増加で利益率は圧迫された。
スペースXはIPO資料のリスク要因欄で、スターシップを単なるロケットではなく、事業成長の中核と位置付けている。スペースXは「当社の成長戦略遂行能力はスターシップに大きく依存している」と明記。開発遅延やコスト目標未達が発生すれば、次世代衛星やAIインフラ展開が妨げられ、コスト上昇や成長鈍化、顧客離れにつながる恐れがあると警告した。また、現在運用中の「ファルコン9」や「ファルコンヘビー」は新型衛星を打ち上げられないとも説明している。
宇宙事業の売上高は第1・四半期に前年同期より28.4%減少し、赤字額は前年同期の7000万ドルから6億6200万ドルへ拡大した。背景にあるのはスターシップ開発への巨額投資だ。
AI事業の赤字額は24億7000万ドルへ膨らんだ。設備投資額も77億2000万ドルと3倍になり、他の2事業の設備投資総額を上回った。
スペースX自身も資料の中で、「当社のエンジニアリング、製造、組み立て、地上・宇宙輸送、インフラシステムは極めて複雑かつ相互依存的であり、1つの構成要素の障害が全体の運営に連鎖的影響を及ぼす可能性がある」と認めている。
