
東京科学大学 栄誉教授
大隅 良典(おおすみ・よしのり)
1945年、福岡県生まれ。67年東京大学教養学部卒業、74年同大学大学院の理学博士号を取得。米ロックフェラー大学博士研究員、東京大学理学部助手、同講師を経て、88年から同大学教養学部助教授。96年から岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所教授。2009年から東京工業大学(現:東京科学大学)特任教授、14年からは同大学栄誉教授。13年トムソン・ロイター引用栄誉賞、16年ノーベル生理学・医学賞、17年生命科学ブレイクスルー賞など受賞多数。17年大隅基礎科学創成財団を設立。
「役に立つからやる」という呪縛
茜 2000年代に入るとオートファジーに特化した科学専門誌が登場するなど、今やオートファジーの研究は生物学の新たな最重要分野と認識されています。また、今後も医学や創薬などに応用されることが期待されています。
ただ、先生は常々、「基礎科学というのは『役に立つから』というモチベーションで始めるものではない、世間も科学は文化として受け止めてほしい」とおっしゃり、「科学研究で『何の役に立つの?』を評価軸とする危うさ」を訴えています。
「大隅教授はオートファジーで医学のための研究の新境地を切り開いた」と言われるときのむずがゆさですとか、ご自身の研究が「役に立つ」という文脈につなげられることについて、どう思われていますか?
大隅 自分が本気になって取り組んでいることが話題になったら、研究者としては決して嫌なことではないはずです。
けれど、たとえば今、人間の寿命がオートファジーで決まっているということが大きな話題になっています。「そのためには食事療法が大切」ということに皆さんの関心があって、「1日に何時間食事を取らないで飢餓状態にするのがベストなのですか」と私もよく聞かれるんです。
私はそういう研究はやっていないので、研究者として何も言えません。だから絶対に答えないのですが、質問者は「17時間の飢餓を経験すると寿命が延びる、という話がありますが」なんて重ねて聞いてくるんです。「研究者として答えられない」という回答に満足していただけないんだな、という思いはあります。
茜 質問者の「言わせたいこと」に乗らず、自分で研究して確信を得たことしか語らないというのは、サイエンティストとして誠実な対応だと思います。
大隅 もちろん「基礎的な研究は役に立たないからいいんだ」ということではないんです。役に立ったら、それは素晴らしいことだと思うんですけど、「役に立つからやる」というのは違います。やはり、興味や好奇心に基づくようなモチベーションで研究してほしいなと思います。
「がんを治療したい」という研究者がいることはいいのですが、すべての研究者が研究に対して「役に立つからこれをやらなくてはならない」と思う呪縛から解き放たれてほしいです。
申請書がどうしても平均的な作文に
茜 ただ、現実問題として、研究者が科研費などの競争的資金を取りたいとなると、申請書で「この研究でどのように社会貢献できるか」「SDGsの何番にあたるか」「社会実装までのロードマップはこうだ」というようなことを説明しなければなりません。
大隅 それはとても悩ましい問題だと思います。そういうこともあって、若手研究者は自分の研究を基礎研究として語ることがとても苦手になっていると感じます。
すごくチャレンジングで魅力的な申請書を書く機会がありませんし、そういう訓練をされていません。どうしても「これこれをやったら社会の役に立ちます」という、平均的な作文になってしまいます。