また、労働人口の激減に伴って改めて外国人労働者を拡大する時期が来るのは不可避だと思います。その時点で、仮に学習進度の遅かった日本人の若者よりハングリーな外国人の生産性が高くなると、不健康な排外感情が暴走して社会の安定が損なわれるリスクが増すかもしれません。いずれにしても、学力の底上げのためにも「一斉一律のカリキュラム」という縛りを解く必要があると思います。

4番目は最も深刻な問題です。今回の「飛び級」案の背景には、今の状態を続けると、学校現場で「ギフテッド」の子どもが「いじめ」られたり、不登校になるという危機感があったようです。朝日新聞(電子版)では、「ギフテッド 才能の光と影」という連載記事で「IQ154が泣いて苦しむ小学校生活」など、ギフテッドの子どもが苦しんでいる様子を報道したりしているので、実際に深刻な問題も起きているようです。

ですから、今回の小中からの「飛び級」案というのは、そうした子どもたちを緊急避難させるという意味合いもあるようです。これは大変な問題です。「ギフテッド」が苦しんでいるのも大変ですが、それ以上に重要なのは「普通の子ども」は「ギフテッド」と良好な関係を取り結ぶ訓練を受けていないし、そもそも難しいというのが問題です。つまり「非ギフテッド」は「ギフテッド」を包摂できないのです。

これは大変な問題です。AIが初級の知的労働を奪うなかでは、一握りの「第1グループ=ギフテッド」だけでなく、一般的なエリートである「第2グループ」の役割はますます重要になります。AIには任せられない価値判断、マルチタスクで走る中での実務を回す力などを、幅広い教養や情報量を背景に実行する役割は重要度が増すと思われるからです。

ギフテッドを包摂できる多数派集団を育てる教育

なかでも重要なのは、「第1グループ」である天才的な科学者や発明家、芸術家などの能力を活用して、社会全体の価値創造に結びつけるコーディネーション能力だと思います。そうした「第2グループ」の予備軍である一般のエリート候補を含む生徒集団が「そもそもギフテッドを包摂できない」というのが政策の前提になっていては、これからの社会は回りません。

例えば「天才を前にすると劣等感で動揺する」とか「内輪の隠語と絵文字のコミュニケーションに入れない人間とは心を通じることができない」などというのは、訓練不足というよりも病理です。ですから、まずそのような病理に陥っている子どもたちを救うことが必要です。むしろ、ギフテッドを隔離して救済するよりも、ギフテッドを包摂できない病理を抱えた多数派集団の「真の救済」を図るほうが、将来の価値創造という意味でも、社会的安定という意味でも優先度は高いかもしれません。

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