米国とイランの停戦協議が決裂したことを受け、ドナルド・トランプ大統領は、ペルシャ湾の要衝ホルムズ海峡の封鎖を命じた。地域紛争の歴史の中でも、最新かつ最も緊迫した局面だ。

世界の石油・ガス輸送の「冠動脈」とも呼ばれるこの海峡については多くの分析がなされているが、海峡周辺地域の歴史や社会政治的な構造にはほとんど注意が払われていない。

これは一種の盲点だ。海峡とその周辺における文化的な力学を理解することは、今後の展開を占う上で重要だ。

エジプトがスエズ運河を国有化した1956年のスエズ危機が大英帝国の衰退を決定的にしたように、2026年のホルムズ危機もまた、米国主導の世界秩序の転換点として記憶される可能性がある。

石油君主制の起源

列強は長年にわたりホルムズ海峡の支配を狙ってきた。17世紀初頭にポルトガルが排除された後、英国はその後およそ350年にわたり、この地域における主要な外部勢力として支配的な地位を築いた。

このいわゆる「パックス・ブリタニカ」の大部分の期間、ホルムズ海峡は地元住民からの攻撃にさらされ続けた。彼らは小型の木造帆船で現れては、霧深く入り組んだ海岸線へと素早く消えた。

この人的・地理的状況を十分に理解していなかった英国は、海岸線と住民の詳細な地図作成に乗り出した。その結果を踏まえ、英国は特定の部族や首長を資金援助で取り込む戦略に転換した。

さらに、ペルシャ湾から東アフリカのザンジバルまで及ぶ帝国を統治していたオマーンの強力なスルタンと緊密に連携し、ホルムズ海峡沿岸の統治を安定させた。

これが、アラビア半島東部の部族支配者に富を集中させる構図を生み、20世紀の石油君主制国家の土台となった。

19世紀に英国が優遇した部族や氏族は、現在もアラブ首長国連邦(UAE)、カタール、バーレーン、クウェートの支配層を形成している(サウジアラビアはそれとは異なる独自の発展を遂げた)。

ホルムズ海峡を通過する石油・ガス輸送が長期間、安定してきたのはそのためだ。

英国がペルシャ湾から撤退した1971年以降は米国がその安全保障を引き継ぎ、アラビア半島東部の諸国は正式に独立した。米国は既存の支配一族を重視したが、地域の複雑な民族構造には目を向けなかった。

一方、ペルシャ湾両岸の支配者たちも、現地の多様な民族を「アラブ系スンニ派」と「ペルシャ系シーア派」という宗派の違いで単純に色分けしようとした。宗派に基づくナショナリズムだ。

しかし実際には、両岸には極めて多様なコミュニティが存在し続けている。湾岸北部およびホルムズ海峡周辺には、アラブ系やバルーチ系の住民が多く、いずれもペルシャ優位のイラン(およびパキスタン)と長年対立関係にあった。

もっと知られていないのが、ホルムズ海峡南岸の住民の存在だ。アラビア半島の先端から湾内に突き出し、海峡を形成するオマーンのムサンダム半島がその代表例だ。

この地域はオマーン本土からフェリーでしか直接アクセスできず、複雑な群島と切り立ったフィヨルド状の地形を持ち、南と西をアラブ首長国連邦(UAE)に囲まれている。

先住民の一部はクムザリ語と呼ばれる独自言語を話し、アラビア語とペルシャ語の要素を併せ持つ。島嶼部の住民は何世紀にもわたり、外部からほとんど知られることなく、海と密接に結びついた生活を送ってきた。

クムザリの人々にとって方向の基準は、北・南・東・西ではなく、「上(bāla)」と「下(zērin)」だけであり、それは漁師が山との関係で海の深さを捉える感覚に近い。

筆者が2019年に訪れた際、ムサンダムの住民の多くはオマーン国民としての帰属意識が薄いように見えた。中にはUAEスタイルの白いディシュダーシャ(ローブ)を着用する者も多く、「国家が想定する国民の枠」と「現実のアイデンティティ」のずれを表していた。

こうした背景から、オマーン政府はムサンダム住民に特別の福祉支援を行うことで国家への忠誠を維持しようとしている。

こうした要素はすべて、現在の危機に影響を及ぼし得る。

地域の力学と国際的緊張

イランをめぐる戦争で、イラン国家のイデオロギー的正統性は、国内の不安定化やイスラエルと米国による攻撃を受けて弱体化している。

テヘランの権力はイラン革命防衛隊(IRGC)内の一部勢力へと集中しつつあり、国家制度が弱体化すれば、ホルムズ海峡周辺の地域コミュニティを含む民族や部族が台頭し、権力の空白を埋める可能性がある。

他方、オマーンとUAEの関係も戦争やイランとの関係を巡って溝を深めている。

UAEが対イラン強硬姿勢を取る一方、長らく湾岸で最も信頼される中立仲介国とされてきたオマーンは、ホルムズ海峡に通行料制度を導入するイランの計画に関与しているとの指摘を受けている。オマーンはこれを強く否定している。

ムサンダム半島を支配しイランと近接するオマーンの立場は、UAEの首都アブダビとの間に微妙な対立関係を生んでいる。

UAEが民族や部族のアイデンティティを政治的に利用し、戦略的要衝であるムサンダム半島を自国の支配下に置こうとする可能性もある。米国や他の湾岸諸国がこれを阻止するかは不透明だ。

オマーン側はこの可能性に強い警戒感を持つ。筆者が2019年に首都マスカットで参加した大学セミナーでは、ムサンダムをオマーン領と明示しない地図が提示され、聴衆の一部から激しい反発が起きた。

より広い視点では、ホルムズ海峡の行方は世界秩序の大きな変化を象徴している。

1956年、英国は高まりつつあったアラブ民族主義と変化する世界秩序を読み誤り、スエズ運河を通じた帝国の生命線を維持することに失敗した。現在の米国もまた、同様の過ちをホルムズ海峡で繰り返している可能性があり、変化する世界の中で地域の現実に適応できていない可能性がある。

The Conversation

Leon Goldsmith, Honorary Senior Lecturer in Middle East and Comparative Politics, University of Otago

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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