「これからオウムに入信する」と家を出た姉を追って

  私は教官が気にかけてくれていると思い、家の話をした。するとその人は、
「姉さんが"精神(障がい)"なら、お前もか?」
 と言いました。その時以降、家のことを他人に相談するのをためらうようになりました。(44ページより)

このエピソードは、「家族もまた苦悩している」という現実を浮き彫りにする非常に重要な部分だと感じる。事実、苦しそうな姉の姿を日常的に見ていた著者は、誰にも明かしていなかったものの、「自分も統合失調症にならないこと」が人生の目標になっていたという。

留年しながらも大学をなんとか卒業したとき、姉は28歳。とはいえ医師免許もなければ卒業後の勤め先もなかったため、母親が関係している大学の先生の教室へ、研修生のような名目で席を得た。

他にも両親が関係する論文をまとめる手伝いをしたり、海外で開かれる国際学会に出席することもあった。そのころ母親は、「研究や勉強ができているから統合失調症ではない」と主張していたというが、その理屈は納得できるものではない。

治療が必要なはずの姉に必要のない業績を積ませ、事実を糊塗(こと)していると感じていた著者は、大学のボート部などで気持ちを紛らわせながらも、心理的には家のことが常にのしかかっているような状態だったという。

  姉は姉で、親による庇護の傘から無意識に出ようという兆候もありました。両親が学会で留守にしていた日、夕食を食べ終わった夜の七時頃だったと思います。突然、
「これからオウムに入信するので、これで失礼します」
 と言い、荷物を持って出て行こうとしたんです。私はびっくりして、姉を穏便に連れて帰らなくてはと、
「お姉ちゃん、どこまで行くんですか。本当にいいんですか?」
 と声をかけながら札幌駅までついて行きました。
 駅に着いた姉はホームで立ち止まったまま動かなくなり、一時間ほどして「今日は帰る」と言ったので、一緒にタクシーで家に戻りました。姉が本気だったかどうか、今となってはわかりません。(51ページより)

なぜ間違えたか? 答えは、間違えない人はいないから
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