老人ホームに入れた母親に会いに行かなくなった

ちなみに父親は、著者が裁判官になって留学もしてからは人間が変わったそうだ。兄の反抗や、自身が大動脈瘤という持病を抱えたことも影響しているようだが、(相変わらずという部分もあったにせよ)全体としては、あきらめを知る優しい人間になったという。

ところが、父親の死後、母親は思い込みの強さが妄想に近いものにまで発展。家に置くことは事実上不可能となり、老人ホームに移ってもらうことになった。

  けれども、母はこれが不満でたまらず、訪問しても、電話でも、思い込みが相変わらず強い上に、「子供なんか産んでも何にもならない」、「本など書いても無意味だ」等々の暴言さえ吐くので、とうとう、私も疲れ切り、というより心理的な拒絶反応が起こってしまい、最後の数年間は、ホームから求めがあったときにしか会いにゆかなかった。(55ページより)

もちろん著者の経験と私のそれは異なるが、それでもこの話、特に「心理的な拒絶反応」という部分には強く共感できる。おかしな表現だが、「自分だけではなかったのだ」と、不思議な安心感すらあった。

その一方、「親との関係に悔いはなかったかといえば、それはある」という部分にも納得せざるを得ない。それを「波が打ち寄せてくるように何度でも繰り返してくる思い」と表現しているが、まさにそのとおりだと思う。

  それにしても、少子化の進行が避けられないこれからの日本で、親子の関係は、どんなふうに続き、また、変わっていくのだろうか。(59ページより)

この項目を締めくくる上記の文章が、いつまでも心に残った。

『裁判官が見た人間の本性』
裁判官が見た人間の本性

 瀬木比呂志・著

 ちくま新書

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』( 辰巳出版)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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