その時は、自分がポールの映画を正確に理解しているとは思えなかった。全体のトーンをつかんでいるとも感じなかった。だから起用されなかったのも当然だ。
だが今回の映画は違った。脚本の10ページ目あたりで、いやもっと前だったかな、とにかく噴き出した。それからずっと笑いっ放しだ。笑う場面じゃないところでもだ。
彼がそこまで踏み込んだっていう、その事実だよ。文章のリズム、感情の揺れ、それに現実世界の皮肉。その全てをひっくるめて、彼が真っ向から突っ込んでいった。その心意気に、おかしさとすごみを感じた。
脚本を読んでキャラクターの「音楽」を感じ取れなければ、そこにたどり着くまでが長い道のりになる。結局、たどり着けないこともある。
──今回の役での身体表現は非常に説得力があった。どうやってあのリアリズムを体で表現したのか。
本当のところは、あの人物が既に私の中にいたということだ。脚本に書かれていようがいまいが、そのキャラクターのあらゆる要素を感じ取っていた。それはポールが書いた「音楽」の中にある。脚本を読んでいる最中に、ほとんど全てを体で感じ取った。それが笑っていた理由の1つでもある。
──つまり、読んでいる段階で身体的反応があったと?
ああ、そうだ。
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