フランスは本来、サッカーに熱狂する国ではない。国内リーグの国際的な評価はイギリスやドイツにはるかに及ばない欧州5位。今回のW杯でも、代表ユニフォームの売れ行きは他の欧州諸国に比べて鈍かった。

だがパリ近郊では、サッカーは若者に感情のはけ口とチャンスをもたらす。この地域の若年者失業率は非常に高いが、自分と似た境遇で育った、似たような風貌の人間がヒーローになり、巨額のカネを手に入れる様子は大きな刺激になる。

ただし、バンリューの少年たちがそろってW杯でフランス代表を応援したとは限らない。代表チームではアラブ系選手はほとんど活躍していない(レアル・マドリード所属の有力選手カリム・ベンゼマは恐喝事件に関与した疑いで代表から追放された)。そのため北アフリカ出身の親を持つ若者たちはむしろ、チュニジアやモロッコを応援したかもしれない。

それでもフランスが勝ち上がるにつれて、98年の熱狂を思い起こさせるような興奮がパリ一帯を覆い尽くした。セーヌ・サンドニ県の子供たちも、エムバペの活躍に目を奪われただろう。彼らにとってサッカーは今の暮らしを脱する手段であり、ほかに抜け出す方法がないことを痛感させる存在でもある。

本誌2018年7月31日号掲載

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