カラカスへの入り口封鎖

 当日の朝は、デモに参加するために多くの人がカラカスの外からも集まりました。そのため、当局はカラカスに入る道路が次々と封鎖し、抗議に向かう人々が軍などにより足止めをくらいました。それでも、最終的には多くの人が封鎖を乗り越え、徒歩でカラカス入りしました。

 結果的に、これだけの規模のデモにも関わらず、懸念されていた暴力的な衝突や弾圧は見られませんでした

 特に懸念された政府に連なるバイカーのギャング(コレクティボス)の姿も、カラカスでは一切見られませんでした(ただし地方都市マラカイ「だけ」で、なぜかコレクティボスが街を襲撃、デモ参加者に対する攻撃のみならず、町中を荒して回りました。マラカイだけ、というのも奇妙な話です。つまりマラカイ以外では今回はコレクティボスは出動しない、弾圧は行わないという誰かの判断がどこかであったと考えるべきかと思います)。

 一部、衝突があったことは伝えられる通りですが、それでもなお、全体的に見れば今回は当初の予想に大きく反してすべてが平和的に進んだと言えます。

政府派カウンターデモと政府による情報操作

 政府側のカウターデモはかなりお粗末な状態でした。デモ参加者の正確な数字はわかりません。ですが、圧倒的な数の反政府デモに対して、政府派のカウンターデモ参加者はかなり少なかったことは明らかです。

 この事実を隠すため、政府高官のディオスダド・カベジョは2012年にロイターによって撮影されたデモの写真をこの9月1日のものだとしてツイッターで拡散していました。

 ですが9月1日のデモの様子や街の様子は、あらゆる場所、あらゆるアングルからSNSにアップされました。これほど多数の人が携帯で写真やビデオを撮影し、SNSでシェアし、それがあっというまに拡散する今日、数をごまかして発表することはできても、見た目の印象からくる数の違いをごまかすことは困難です。

 

まさかのバイロテラピア復活

 また政府支持者のカウンターデモの現場では、バイロテラピアを行う政府支持者の姿が目撃されました。

 バイロテラピアとはラテンのステップにエアロビクスを混ぜた、一時期南米で大流行したエクササイズの一種です。実はこれと反政府デモの間には深い因縁があります。

 2002年から2003年にかけてまだチャベス人気が上昇中で野党連合MUDも存在せず、反政府がダメダメだった頃のこと。デモの期間が長引くにつれ、野党派の負けは明らかで、デモは盛り上がりに欠けていました。そこで慌てたデモ主催者は、参加者のモチベーション低下を防ぎ、手持ち無沙汰を解消するためデモの会場でバイロテラピアを始めたのです。バイロテラピアは、言わば野党派のダメなデモの象徴でした。

 それを今回、カウンターデモの現場で政府支持者がやっていたのです。

熱心なチャベス主義者の地域でも反政府の声が