1979年のイラン革命とアメリカ大使館人質事件以降、イランに対するアメリカの激しい敵意は、あまりに多くの犠牲を生んできた。例えば、アメリカは80~88年のイラン・イラク戦争に介入してイラクを支援した。この戦争での双方の死者は、50万~100万人に上るとされる。
アメリカは2000年代以降、核開発を理由にイランへの経済制裁を強化していった。しかし、なぜイランが核開発を目指すのかを論じようとする専門家はほとんどいない。イランとしては、他国から攻撃を受けることを恐れていて、抑止力として核兵器を欲しているのかもしれない。
イランとの緊張緩和を目指すトランプの発言は、第1次政権における北朝鮮政策に通じるものがある。トランプは当時、北朝鮮の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)と直接会談することにより、米朝間の緊張を緩和し、破滅的な事態を回避しようとした(ただし、朝鮮半島の状況を大きく変えることはできなかった)。
アメリカとイランとの関係改善は、多くの米政治・外交関係者とイスラエル政府にとって受け入れ難いかもしれない。しかし、アメリカとイスラエル以外の国々では、イランを取り巻く状況に変化の兆しが見え始めている。
トランプが中東を訪問する前の時点で既に、サウジアラビアなどこれまで長くイランと敵対してきた中東の国々は、イランとの緊張緩和を望むというシグナルを発していた。中東諸国は長く続いてきた戦争により、せっかくの豊かな資源と人的資本が台無しになっていることに気付き始めたのだろう。