そのうち人生は急激に忙しくなり、紆余曲折の末、ヤクザを取材する物書きになった。予想外もいいところで、クレームに怯えつつおっかなびっくり原稿を書き続けているうち、あっという間に五十歳を越えた。

「始めるのが遅かった」からこその優位は、ある

「もうジジィだから......」口ではそう言いながら、若いつもりだった身体にもガタが来て、老いを意識せずにはいられない。ならばまごまごしている時間はどこにもない。どうしてもピアノを弾きたい。

心身が柔軟な子供たちのように、コンクールに出場する腕前にはなれないだろう。それでも大人の優位は必ずある。たとえばそれぞれの仕事で学習のコツを摑(つか)んでいるし、単純な反復作業がブレイクスルーに繫(つなが)る意外性も経験している。困難を克服する方法も見つけられるし、自分がよく間違う自覚も持っている。なにより言語というツールで現象を深掘りし、ナイーブな子供が泣くような経験ですら客観的に楽しめる。

現代におけるカリスマ・ピアニストの一人であるヴァレリー・アファナシエフは『ピアニストは語る』にこう記している。

私は晩成型の人間です。たぶん今の方が昔より、ずっとよく音楽を理解できていると思います。

この残酷で理不尽な世の中の片隅で

五十歳を過ぎてピアノをはじめた凡人だって同じだ。深い理解には相応の経験が大きな助けになるだろう。生涯学習は素晴らしいと嘯(うそぶき)たいのではない。何かをはじめるのに年齢は無関係と自己啓発をしたいのでもない。現実は残酷で不公平だ。どうせみんなくたばるのだ。では鬱々と人生を送ればいいのか。嫌だ。じゃあどうする。明るく笑い飛ばすしかない。

レッスンは冒険であり、レジスタンスだ。

ピアノは人生に抗(あらが)うための武器になる。

俺は反逆する。

残酷で理不尽な世の中を、楽しんで死ぬ。


鈴木智彦(すずき・ともひこ)

趣味は料理と自転車(愛車はランドナー)。2018年10月、未経験でピアノを習いはじめる。2019年12月、ピアノ教室主催の発表会に出演し、ABBA『ダンシング・クイーン』を演奏する。著書に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)、『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)など多数。溝口敦氏との共著に『教養としてのヤクザ』(小学館新書)がある。

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ヤクザときどきピアノのPOP
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ヤクザときどきピアノ
鈴木智彦[著]
CEメディアハウス[刊]

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1966年、北海道生まれ。日本大学藝術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。現在は週刊誌や実話誌を中心に暴力団関連記事を寄稿する。

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