「インテグリティ」の構築が追いつかない

五輪が掲げる核心的な価値は「インテグリティ」である。日本語にすると「誠実性」や「統合性」と訳される。つまり「誠実性の基礎となる人格的な統合性」とも言うべき概念だが、結局今回の東京大会は、一連のコンプライアンス・ショックの前にインテグリティの構築(または再構築)が追いつかないまま、大会本番を迎えてしまったようにも思われる。これが、開閉会式に見られた中途半端さの背景にある問題ではないだろうか。五輪大会全体の統一的なイメージを、アスリート、日本国民、グローバル社会でシェアし、確認することは果たして出来ていたであろうか。

もちろんこうした問題は、五輪に参加したアスリートの活躍と努力とは話が別である。今大会は野球や卓球、水泳等の他に、新しく採用された空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンでも日本代表選手の活躍が強い印象を残した。例えばサーフィンは、五十嵐カノア選手(銀メダル)、都筑有夢路選手(銅メダル)だけでなく、惜しくもメダルを逃したが大原洋人選手の競技への取り組みも素晴らしかった。

大会運営に従事した関係者、ボランティアの努力も大だった。なかなか言及されないが、大会警備を担った全国の警察関係者の功績も大きいと思われる(大会中の大規模サイバー攻撃が危惧されていた。一方で、開会式で地球を描いたドローン演出は見事に成功した)。

そうであるからこそ、大会終了後も、これで終わりとするのではなく、大会実施に至った一連のプロセスについて、公金支出から人事決定に至るまで、詳細な検証を行い記録に残すことが必要であろう。それは将来の日本社会にとって貴重な財産になるはずだ。

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