紛争がつくるハイブリッド脅威の脆弱性
ハイブリッド脅威の核のひとつである反主流派の多くは反移民を主張している。世界の移民状況を見れば、反移民がEU諸国や北米といった民主主義国にとって無視できない問題であることは明らかである。以下の二つの世界地図を見てほしい。
一つは移民の比率(青が濃いほど割合が高い)を示した地図、もう一つは民主主義度(紫が濃いほど民主的)を示す地図である。先進的な民主主義国の多くで人口の10%以上が移民となっており、その数は今後も増えると見られている。


アフリカや中東で紛争が発生すれば、ヨーロッパへの移民は増加する。同様に、ヨーロッパ内部で紛争が起きても移民は増える。つまり、紛争というのは移民の増減を人為的にコントロールする手段ともなりうる。
もちろん、単に移民を増やすことだけを目的に紛争を起こすのはリスクが高く合理的ではないことが多い。しかし、別の目的で紛争を必要とする場合、その結果として得られる移民制御の効果も計算に入れられている可能性がある。
たとえばロシアが、選挙に対する認知戦干渉の効果を最大化するためにウクライナへの軍事活動のタイミングを調整していたように、移民流入の時期を戦略的に操作していても不思議ではない。
また、ヨーロッパの民主主義国に特に効果的なのは、地域内(ヨーロッパ)と域外(中東・アフリカ)から同時に移民を流入させることである。
多くの国では、地域内移民に対しては寛容だが、地域外移民には否定的、という二重基準が存在する。ロシアのウクライナ侵攻時、こうした現象が顕在化し、国際的論争にもなった。移民受け入れをめぐって国内でも分断が深まる傾向にある。
ここで確認しておきたいのは、移民そのものが問題なのではないという点である。
むしろ、社会や経済の構造的な問題があるゆえに、移民がスケープゴートにされやすいのである。本質的な問題ではない移民が問題にされることで反発する人々が現れ、社会の分断はさらに進む。こうした分断があるところでは、認知戦やデジタル影響工作、反主流派によるテロや政治的暴力の効果は大きくなる。
移民問題だけでなく、ジェンダー、選挙不正、経済不安など、民主主義国は多くの脆弱性を内包している。これらは単独でも攻撃対象となるが、それぞれが連携し合うことで、より破壊的な影響をもたらす可能性がある。
社会が不安定になり、極右政党などが台頭して政権に影響を与えるようになると、民主主義と権威主義の狭間にある「アノクラシー」状態に陥る危険性が高まる。
アノクラシーとは、制度的な未成熟さゆえに揺れ動きやすい政体であり、そこから権威主義へ逆戻りするケースが多い。たとえば2011年のアラブの春では、SNSを通じた民主化運動の成功が注目されたが、結果的には多くの国がうまく移行できず、権威主義へと回帰した。
また、2021年のアメリカ連邦議会襲撃事件も一時は失敗と見なされたが、その後、偽・誤情報対策の弱体化、歴史認識の改ざんが進み、最終的に2024年にはトランプが再選される事態となった。
民主主義の状態を示すV-Demのデータでは、2024年時点で民主主義から権威主義への変化(ベルターン)が27カ国、権威主義から民主主義への変化(Uターン)が12カ国にとどまっていた。数だけでなく、母数に対する割合で見ても、民主主義は構造変化が起こりやすく、権威主義に転じた後は元に戻りにくい傾向があるということである。
アノクラシー化を避けるには、全体としてのハイブリッド脅威を正しく理解し、相互に連携した対策を講じる必要がある。