嫌われ経済学者スティグリッツ

2009年8月24日(月)15時33分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

 4月のある朝、携帯電話が鳴ったとき、アーニャ・スティグリッツはニューヨークのセントラルパークでピラティス教室の最中だった。表示された電話番号は「202」の局番だけ。ホワイトハウスからだ。

 電話をかけてきたのはローレンス・サマーズ米国家経済会議(NEC)委員長の側近で、アーニャの夫で経済学者のジョセフ・スティグリッツを捜していた。彼女はジョーに伝えておくと言い、腹筋のトレーニングに戻った。

 大した用ではないだろうと思った。夫と話したい人は、よく彼女に電話をかけてくる。夫ときたら世界経済の仕組みを40年間研究しているくせに、いまだに留守番電話の再生もおぼつかない。

 おそらくバラク・オバマ大統領の経済顧問の筆頭であるサマーズが、夫が先日ニューヨーク・タイムズ紙に書いた論説に文句を言いたいのだろう。アーニャはそう思っていた。

 ジョセフ・スティグリッツとローレンス・サマーズ。経済学界にそびえる2本柱は自我の強さでも張り合っている。「2人は尊敬し合っているが、互いに大嫌いでもある」と、スティグリッツの友人でコロンビア大学の仕事仲間のブルース・グリーンワルドは言う(「私はジョーを経済思想家として大いに称賛している」と、サマーズは本誌に語った)。

 スティグリッツは、金融危機の対応についてオバマ政権の経済チームを激しく攻撃してきた。経済刺激策は効果を出すには規模が小さ過ぎるという批判は、彼が言いだしてから大合唱に広がっている。

 公的資金による救済策も、スティグリッツはウォール街への無償供与だと批判。銀行の投資家と債権者を救って納税者から搾取する「偽資本主義」だとした。

 アーニャの予想に反してサマーズの側近はすぐに電話をかけ直してきて、緊急だと言った。スティグリッツ教授にワシントンで大統領主催の夕食会に出席していただけますか──今夜なのですが。

大統領に招待されたが

 アーニャはコロンビア大学の夫のオフィスに電話をつなぎ、スティグリッツは電車に飛び乗った。彼は少々機嫌が悪かった。プリンストン大学のアラン・ブラインダーやハーバード大学のケン・ロゴフなどほかの著名な経済学者は1週間前に招待されていたのだ。

 スティグリッツはオバマを大統領選中の07年から応援していた。だが政権発足から4カ月、この日の電話までホワイトハウスからはほとんど音沙汰がなかった。今回も大統領は幅広い経済学者の声を聞くとしながら、スティグリッツの名前は付け足しに思えた。

 もっとも、スティグリッツにしてみればよくあることだ。論争好きな経済学界でさえ、彼は少々厄介だと思われている。ノーベル経済学賞を受賞しているが、ワシントンでは経済評論家の1人にすぎない扱いで、常に歓迎されるというわけでもない。

 彼の名前を知っているアメリカ人は少ない。ずんぐりとして、映画監督で俳優のメル・ブルックスにどこか似ている彼を見て、誰だか分かる人はもっと少ない。

 しかしコネティカット大学の集計によると、スティグリッツの論文は世界中の経済学者のなかで最も多く引用されている。外国に行けばヨーロッパでもアジアでも中南米でも、スーパースターか現代の予言者かという歓迎ぶりだ。

「アジアでは神のようなもてなしだ」と、米上院銀行委員会の元チーフエコノミストで一緒に旅をしたことのあるロバート・ジョンソンは言う。

 グローバルな経済システムは貧しい国に不公平だと主張し、世界銀行やIMF(国際通貨基金)を批判するスティグリッツは、中国などG20首脳会議(金融サミット)メンバーの新興国の間で人気が高まっている。中国の温家宝首相は彼の論文に影響を受け、特に「貧しい人のための経済学に関する」意見に関心が高いと、方星海上海市金融弁公室主任は言う。

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