小保方氏の会見でみえた「科学コミュニケーション」のむずかしさ

2014年4月9日(水)17時54分
池田信夫

 注目された小保方晴子氏のSTAP細胞についての記者会見が行なわれた。これは3月31日に出された理化学研究所の調査報告書のうち、項目1-2と1-5について不服を申し立てるものだ。1-2は電気泳動画像でレーン3が挿入されているように見える点、1-5はテラトーマの画像の取り違えがあり、それが彼女の学位論文に掲載された画像と酷似している点だ。

 申し立ての内容は彼女がきのう提出した不服申立書と同じで、手違いはあったが「悪意」はなかったとするものだが、これについての弁護士の説明は苦しく、規定違反にあたる疑いが強い。

 電気泳動の画像については、挿入の事実を認めた。弁護士は「架空のデータではない」と強調したが、法律用語で「悪意」というのは「過失ではない」という意味で、架空かどうかは関係ない。理研の規定では、改竄は「研究資料、試料、機器、過程に操作を加え、データや研究結果の変更や省略により、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること」と定義されているので、改竄の事実認定は動かないだろう。

 むずかしいのはテラトーマの画像だが、小保方氏は「取り違え」であることを強調した。調査委員会が「学位論文の画像をコピーした」と認定したのに対して、彼女は研究会のスライドで使った画像だと主張したが、そのスライドがいつのどの画像かは不明だ。他にもミスがたくさん発見されており、彼女の主張を信じることはむずかしい。

 ただ「意図的に改竄・捏造する合理的な動機がない」という彼女の説明は、その通りである。電気泳動の合成写真は、正しい元データがある。テラトーマの画像も、彼女は「STAP現象は何度も確認された真実です」と断言しているのだから、他にもたくさんあるはずだ。事実その1枚を2月20日に調査委員会に提出している。画像が間違っていたということと、STAP細胞が存在するかどうかは別の問題だ。

 この不服申し立ては却下される見込みが強いが、本質的な問題はそこではない。これだけ多くの人々が注目するのは、STAP細胞が本当にできたのかどうかがいまだにわからないからだ。彼女は「200回以上実験に成功した」と強い自信を見せたが、それなら論文の発表後2ヶ月以上たっても、世界中で再現に成功した実験が一つもないのはなぜだろうか。

 小保方氏は「ちょっとしたコツ」が必要だと説明したが、共著者である若山照彦氏も(彼女なしで)再現できず、彼女も参加してつくられた理研の手順書でもだめだった。もともとマウスの体内に微量ながら含まれていた未分化な細胞が混入したのではないかという疑問が専門家から出ていたが、この点については会見では説明しなかった。

 問題がここまでこじれた責任は、理研にある。もともと学術誌に論文を掲載するのは学問的な手続きにすぎず、それで科学的事実が確認されるわけではない。iPS細胞のときは2006年8月に山中伸弥氏が学会誌に発表したあと、世界各地で追試が行なわれ、再現が確認されたあと2007年7月にNatureに掲載され、世界に発表された。

 ところが今回の場合は第三者による追試をしないまま、いきなりNatureに掲載して理研が大々的に発表し、割烹着などのPRを過剰にやったことが裏目に出た。小保方氏も、メディアが殺到したときは「恐かった」と話している。

 理研はSTAP細胞の特許を昨年4月に出願したが、その存在を研究所の中でも秘密にし、所内の研究会でも発表しなかった。このような秘密主義のために共著者にも情報が共有されず、チェックが不十分だったのではないかとの指摘もある。理研を今年度から補助金や給与などの面で優遇する「特定国立研究開発法人」に昇格させる話があり、派手に発表する意図があったのかもしれない。

 特許を取るのもPRするのもいいが、肝心の事実確認より宣伝を優先したのが間違いのもとだった。小保方氏はユニットリーダーだが、研究プロジェクト全体の責任は笹井芳樹氏(発生・再生科学総合研究センター副センター長)にある。割烹着なども彼のアイディアだという。彼が理研の記者会見にも姿を見せず、小保方氏ひとりに責任を負わせているのはおかしい。

 広報はバックオフィスの業務として軽視されがちだが、失敗すると今回のように悲惨なことになる。それに気づいた企業は早くから広報の専門家を育てているが、役所はいまだにバラバラだ。大学や研究所は最悪である。特に日本のメディアは科学リテラシーが低いので、科学コミュニケーションが重要だ。

 再生医学の分野は日本の研究が世界のトップクラスで、今後いろいろな分野への応用が期待される。「STAP細胞が実用化して多くの人の役に立ってほしい」という小保方氏の気持ちは本当だろう。今回の事件を今後に生かすためにも、研究体制だけでなく情報管理体制を洗い直し、大学や研究所も広報の専門家を置くべきだ。

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