東京スカイツリーは「先送り日本」のシンボル

2013年1月18日(金)15時38分
池田信夫

 東京スカイツリーから電波を出す試験放送が、昨年末から始まった......というと、え?まだ電波を出してなかったの?と思う人が多いだろう。スカイツリーは電波塔として建てられたのに、昨年2月の完成から1年近くたってもまだ放送ができないのだ。

 その原因は電波障害である。いま電波を出しているのは東京タワーだが、スカイツリーからの電波は角度が違うので、ビル陰などでは今まで映っていた家で映らなくなるところが出てくる。それをチェックするために早朝に短時間の試験放送をしているのだが、予想外に多くの電波障害が出てきた。

 今度の試験放送は対象が限られているので受信障害は750件程度だが、今までのサンプル調査では約1割の受信機で電波が受けられなかった。受信世帯は関東一円で約700万世帯なので、その1割で受信できないと70万世帯が影響を受ける。

 この対策としてはアンテナの向きを変えるとかケーブルテレビに変えるなどの措置が必要で、そのコストは少なくとも100億円はかかるとみられている。そのコストは放送局が負担することになっているが、本当にその程度ですむのかどうかはわからない。

 それより根本的な疑問は、そもそもスカイツリーは必要なのかということだ。「東京タワーより高くなって視聴エリアが広がる」というのは嘘である。いま首都圏で地上デジタル放送の電波は東京タワーから出ているが、その受信カバー率はほぼ100%なので、これを高めることは不可能である。スカイツリーに移転すると電波障害が発生するので、カバー率は必ず下がるのだ。

 もともと「新東京タワー」が計画されたのは、地デジの放送が決まった1997年ごろだった。都心に高層ビルが増えたので、東京タワーより高い電波塔を建て、地デジはそこから放送しようと考えたのだ。ところが多くの自治体が名乗りを上げ、その調整がつかないうちに2003年に地デジの放送が始まった。

 この電波は東京タワーから出し、当初は電波障害が出たが、今まで10年かかってビル陰対策やケーブルテレビなどの対策を行ない、すべて解決した。このため一時は新東京タワーの計画を中止しようという声もあったが、フジテレビが「ワンセグには新タワーが必要だ」と計画を強行した。ワンセグは端末が移動するので、直接受信しかできないからだ。

 しかし携帯電話がスマートフォンに切り替わったため、ワンセグは激減した。地デジの電波はアナログのようなゴーストは出ないが、電波が一定のレベルより低くなると、まったく見えなくなる。5月から本放送に移行する予定だが、今のまま東京タワーの電波を止めると、数十万世帯で放送が途切れて大混乱になるだろう。

 1958年に完成した東京タワーは、高度成長のシンボルだった。テレビは爆発的に売れて家電産業の成長のきっかけになり、全国にテレビ局ができて消費文明を宣伝した。しかしスカイツリーは、放送には意味のない単なる展望台である。再開発計画には1430億円かかっているが、テレビ局はそれを借りているだけなので、東武鉄道が投資を回収しなければならない。展望台の利用料金だけだと回収期間は25年で、効率のいい投資とはいえない。

 現代日本の最大の問題は、高度成長期の成功体験が忘れられず、その成長モデルを維持するためにあらゆるコストを払って問題を先送りしてきたことだ。アナログ放送のビジネスを丸ごとデジタル化した地デジもそうだが、無駄な電波塔を建てて必要なくなっても当初の計画を強行するスカイツリーは、頭を切り換えられない「先送り日本」のシンボルともいえよう。

 100億円出しても今と同じ電波状態を保てないのに、なぜ移設するのだろうか。東京タワーは「引き続きこちらからも電波を出したい」と言っているので、スカイツリーは電波塔としてはまったく意味がない。強い電波は展望台に来る観光客の体にもよくないので、今からでも遅くないから電波を出すのはやめてはどうだろうか。

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