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「医薬品の特許」と聞いて、何を思い浮かべるであろうか。
新薬の独占販売、ジェネリック医薬品の解禁、あるいは高額な薬価など...。私たちが日々ニュースで目にするのは、その結果である。
人間の生命に直結する医薬品分野では、知的財産権の存在が重要であると長く語られてきたにもかかわらず、その背後にある経済的・政治的に多義的な意味合い、つまり制度や思想の変化が語られることは多くない。
しかし、いまその根幹が大きく揺れている。AI(人工知能)とバイオテクノロジーの急速な進展が、「ひらめきと実験」から「データとアルゴリズム」へと、医薬品の開発そのものを塗り替えているからだ。
技術の本質が変われば、それを支える社会制度も変わらざるを得ない。この流れを丁寧に読み解いてくれるのが、『AI時代の知的財産・イノベーション』(早稲田大学次世代ロボット研究機構AIロボット研究所 知的財産・イノベーション研究会編、2024年)の第4章、秋元浩氏と川端兆隆氏による「AI時代におけるバイオビジネス特許」(以下、本章)だ。
特許制度とは、技術を言語に翻訳して保護範囲を法的に定める仕組みである。もっとも現代では、この翻訳作業が、かつてないほど困難となっている。
抗体のように構造と機能が一致しない場合や、AIによる発明のように、データの選択、学習過程、アルゴリズムの設計といった、成果よりもプロセスに創造性が宿る場合、それをどのように翻訳し、記述すればいいのか。技術の進展に、言語化による整理が追いつかなくなっているのだ。
さらに運用の揺らぎもある。先発医薬品の特許切れによる「パテントクリフ(特許の崖)」の瞬間が訪れると、ジェネリック医薬品やバイオシミラー(バイオ後続品)が参入し、先発企業の売上が減少する。
これを防ぐため先発企業は、製剤や用途を変えた改良技術を権利化し「二次的特許群」を積み重ねる、いわゆる「エバーグリーン戦略」により、実質的な排他期間の延長を図っている。
この戦略は投資の回収手段として合理的である一方、制度の抜け穴を突いた独占の延命策であるという批判も強い。ここに、イノベーションの促進と患者のアクセス確保という2つの公共の利益に、緊張関係が起きているのだ。
