しかも、バイオ医薬品は、従来の医薬品とは異なり、1つの製品に多数の特許が成立するという特徴を持つ。これは電化製品やIT分野の状況に近く、当該分野で見られる「特許の藪(patent thicket)」と呼ばれる状態が、バイオ医薬品分野でも形成されてきている。いや、むしろ本章は、それは「藪(やぶ)」を超えて「密林(ジャングル)」化していると指摘する。
構造や製造工程のわずかな違いを基に、類似の特許が多数出願される。また、元となる「親出願」の発明の一部を「子出願」として出願する分割出願など手続きそのものを戦略的に駆使して特許を成立させる。これにより、錯綜状態を呈し、後発品の参入障壁を築いているのだ。
ここで忘れてはならないのは、知的財産制度が、本来的には「静態的効率性」(現時点の資源配分の最適化)をある程度犠牲にしてでも、「動態的効率性」(将来の技術革新の促進)を重視する制度であるという点である。
つまり、短期的には競争を制限しつつも、その先にあるより大きな社会的利益を長期的に目指す構造になっている。
制度の運用が活用促進に偏れば、静態的効率性を損ない、独占を正当化するような硬直的な仕組みに陥りかねない。反対に、動態的効率性、つまり開発促進という視点が欠ければ、短期的な競争原理が技術投資への意欲を削ぐ結果となる。
このように特許法の核心は、排他的権利の付与と活用促進の適切なバランスにある。しかも医薬品分野においては、その特許制度の内部のみの調整だけでは完結しないという複雑な構造がある。
たとえば、再審査(データ保護)制度やパテントリンケージ制度など、特許制度とは異なる枠組みで後発品の市場参入を制御し、実質的な独占期間の延長に寄与するこれらの制度は、広義の知的財産制度としても機能する。
ところが、これらの制度と特許制度とでは所管官庁が異なるため、制度設計においては組織間の調整という新たな課題も浮上してしまうのだ。
もっとも、改善への光が見えなくもない。特許の「藪」は、技術が複雑性を映し出すものでもあり、複数の企業が互いの特許を相互利用し合うクロスライセンスなしには新しい製品開発を進められないケースもある。
加えて近年では、AI創薬や共同研究の進展により、オープン&クローズドを柔軟に使い分ける共創型の知財戦略も台頭している。プラットフォーム技術を開放し、学術・産業・行政が連携して成果を社会に還元する取り組みも広がりつつある。
