ちなみに、メトロポリタン歌劇場(MET Opera)には35ドルの学生券があるのだが、私たちにはそれ以上のトリックがあった。通称「立ち見作戦」である。
音楽院の先生方の中には、METオーケストラのメンバーを兼任している方も複数いらっしゃるので、門下生は先生からオペラの立ち見席の無料券を譲ってもらえることがある。その時点ですでに大変有難いお話なのだが、学生の本領発揮はここからである。
前半を立ち見で楽しく観終えると、休憩時間には1階の入り口にダッシュ。前半を終えて「長いから疲れたわね、お茶でも飲みに行きましょうか」と劇場を後にするお客様(信じられないが、一定数いる)に「We are poor musicians...」と声をかけ、もう使わない席を譲ってもらうのだ。
お客様も無駄にしたくない高価なチケットなので、優しく譲ってくれることがほとんど。思いがけず劇場の真ん中の良席だった暁には、最高の気分で後半を楽しむことができた。心から感謝している。(劇場の関係者には時効と思って許していただきたい......!)
さて、ニューヨーク通信を書いているうちにすっかり日は暮れてきた。66丁目周辺で気分が良い時には、フィオレッロというイタリアンのラヴィオリを頂き、ヴァンガードというワインバーへ向かうのがベストルートだ。
リンカーンセンターでの観劇後にはぜひ行ってみてほしい。明るく声をかけてくれる店員さんに観劇したオペラの名前を言ったら歌ってくれるかもしれないし、隣のテーブルの人が劇場の裏話を教えてくれるかもしれない。芸術好きが集まるこの街、やはりクセになる。
廣津留すみれ(Sumire Hirotsuru)
高校在学中にNYカーネギーホールでソロデビュー。ハーバード大学卒業、ジュリアード音楽院修了。世界的チェリストのヨーヨー・マと度々の共演を経て、米国で演奏活動を拡大。The Knightsのメンバーとしてグラミー賞2022にノミネート。現在、国際教養大学特任准教授、成蹊大学客員准教授。近年はコメンテーターとしても活躍し、幅広い分野で発信。著書に『超・独学術』など多数。
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公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CEメディアハウス[刊]
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